首都圏の停電という日本経済の思わぬ伏兵

藤沢 数希

毎日のように余震が続いている。福島原子力発電所の収集のつかない大事故による放射能漏れのニュースが毎日テレビから流れてくる。各国大使館が日本からの退避勧告を出したため、ここ数日は東京で働く外国人が次々と日本を去っていった。町を歩けば、商品棚が空っぽのスーパーやコンビニ、閑散とした繁華街、節電のために電気を暗くしている高層ビル、そして東京電力の計画停電により真っ暗になる町。未曽有の大地震ではあるが、直接は被災しなかった首都圏でここまで影響を受けるとは、筆者にとっては全くの想定外であった。筆者はそれでも東京に留まり、いつもどおりの生活をしているが、荒れ狂う株式市場の中で日本から避難した同僚の分まで仕事をしているせいか、多少、疲労が溜まってきているような気がする。しかしこんな時こそ、人々の生活のインフラストラクチャーである金融機能を止めてはいけないという思いで、日々仕事をがんばっている。日本がこの大震災を克服して復興していくために、絶対に市場は閉めてはいけない。


経済的には、被害の大きかった岩手・宮城・福島の3県分のGDPは日本全体のせいぜい3、4%であり、直接の被害を受けた地域はその内でもさらに少ないので、日本のGDPの1、2%ぐらいが最悪失われるだろう、と筆者は考えていた。よって日本全体の経済への影響はそれほどではない、と思われた。ところが日本経済にとって思わぬ伏兵が現れた。福島原発はもちろんのこと、東京電力の発電所のいくつかが津波で破壊されてしまったのだ。そしてGDPの40%以上を稼ぎ出す首都圏の電力不足という思いがけない脅威に直面することになってしまった。

電力不足により電車のダイヤが乱れ、安定した電力供給を前提にして設計されている工場が次々と稼働停止に追い込まれた。これは首都圏の経済活動を大いに抑制することになろう。この電力不足がどれぐらいで回復するのか、今のところ不明だ。発電所を簡単に建設できるとも思えないので、かなりの長期に及ぶ可能性がある。原発事故による放射能漏れの影響から、東京の外資系企業の機能が速やかに香港などの国外に移された。東京での活動を大幅に縮小した外資系企業が、また東京に戻ってくるのか定かではない。

今後数十兆円単位でかかる復興費用は、日本の財政に重くのしかかるだろう。日本はいうまでもなく1000兆円もの公的債務を抱えている。多くの経済学者がこのままでは必ず日本は財政破綻すると予測している。ちょうど今回の東北沖や東海沖のプレート境界が津波を伴う大地震を起こすことを多くの地震学者が確証を持って予測していたように。こういったプレート境界の地震は今後100年以内にほぼ必ず起こることは予測できても、それが明日なのか1年後なのか、あるいは10年後なのかは誰も予測できない。日本の財政破綻も明日なのか10年後なのかは予測できないのである。この状態からさらに大量の国債を発行して復興支援に当て、かつ日本国債の信用を維持させるのは、まさに福島原発での困難な鎮火作業のようなものになろう。

金融政策の方も今までのゼロ金利政策や量的緩和によって大方の弾は使い果たしている。政治にいたっては支持率が20%を切り、民主党内で内ゲバが始まり、まさに末期状態であった。そんな最悪の状態で、今回の未曽有の東北地方太平洋沖地震が日本を襲ったのだ。本当に最悪のタイミングで神様は我々日本人に試練を与えたのだと思う。

このような大災害にも関わらず、津波に襲われた多くの地域で、驚くほど多くの住民が高台などに速やかに避難し、被害を最小限に留めた。その後の自衛隊などの救援活動も迅速に行われている。被災地や停電した地域での犯罪もそれほど増えなかった。日本はすばらしいソーシャル・キャピタルを保有していることを世界に示した。世界各国が次々に支援を表明したのも、日本が国際社会の中で信頼されている証左だろう。日本人は市民レベルではまだまだ優秀だということが証明されたのだ。

しかし筆者は、日本経済が陥る最悪のシナリオにも言及する必要がある。首都圏の停電が長引くようだと、多くの企業の収益が悪化する。また莫大な支払義務が生じる保険会社の財務状況も心配だ。こういった企業業績の急速な悪化で日本の金融機関も不良債権を多く抱えることになるかもしれない。また停電により多くの工場が操業を停止しており、日本経済の供給サイドが毀損していく可能性がある。それが物資の供給不足を引き起こし、インフレーションがはじまる。そして復興支援にかかる財政負担が、日本国債を臨界点に押しやり、暴落の引き金を引くかもしれない。日本経済のメルトダウンである。

今回もっとも被害を受けたであろう東京電力は、地震発生から3営業日連続ストップ安で依然として取引が成立していない。

筆者は、被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲になられた方々、ご遺族の方々に深くお悔やみを申し上げます。 そして今でも救援活動に関わっている多くの方々、福島原発で作業している方々に心からの敬意を表し、ひとりでも多くの方の命が救われることを祈っています。

参考資料
将来の選択肢がなくなるという財政政策や金融政策による景気対策のコスト、藤沢数希、アゴラ
東京電力は直ちに電気料金を大幅値上げせよ、金融日記

コメント

  1. hogeihantai より:

    警視庁の放水車一台を冷却に使用するとの報道があったがこんな車両のポンプは全く容量不足でまさに「焼け石に水」で役にたたない。それより自衛隊ヘリによる水の空中散布の方が効果があるのに放射線により危険だとして実施していない。自衛隊員が自分の体の心配をして戦争に役立つのか?多数の国民の生死が関わっているのに体を張って国を守れないのか?東電の下請け従業員は現場で既に数人亡くなっている。彼らは一般市民だ。職業軍人が死を怖がってどうする。命令出来ないなら特攻隊を募れ。自衛隊は田母神みたいな口先だけの男ばかりか。大和魂があるなら行動で示すときだ。

  2. はんてふ より:

    >>電力不足により電車のダイヤが乱れ、安定した電力供給を前提にして設計されている工場が次々と稼働停止に追い込まれた。これは首都圏の経済活動を大いに抑制することになろう。この電力不足がどれぐらいで回復するのか、今のところ不明だ。

    不安でしたので、好材料を考えてみます。

    震災前の不況時に、不況による生産縮小を目的として、操業停止した工場が西日本・北海道にもあるとすれば、企業行動として、そちらで生産をシフトするという可能性が考えられます(=転勤・募集などを伴う。後述の労働力分配問題)。

    また現在の電力不足の原因として、

    ・福島原発の操業停止及び事故対応
    ・送電線の破損によるもの
    ・その他インフラ破損による電力使用の非効率
    ・震災を受けての安全点検による発電所停止

    などが考えられます。一番目以外は、時間と作業の経過により改善するものです。私があげた項目はプロット的なもので、何れ、東京電力と政府から「電力復旧のためのロードマップ」が公開されるでしょう。電力に関して、将来の需給はまだ、はっきり決まっておりません。

    既に日本企業は、海外の新興国・・・つまり電力が慢性的に不足しているような地域でも操業しています。そのノウハウを日本に逆輸入する事で、幾分かは改善されるものと思われます。当然、国内よりも海外での生産(=震災以降も日本の人件費が下がるわけではない)にシフトする動きもあるでしょう。

    このように好材料で考えた場合、労働力の分配も問題になってきそうに思います。こういう非常時にはどのように労働力を分配すべきか・・・というのを、誰かお詳しい方に論じて頂きたいと思います。全体の需給状況がいまいち不透明である以上、それよりかはクリアである労働力の分配が鍵になるような気がします。

    まとめ:非常時の需給モデルだけでなく、インフラの復旧による効果、及び労働力の分配も注視していくとよいのでは。

  3. akira2005 より:

    電力不足による影響―停電、電車、ガソリン、物資の問題は、東京一極集中の弊害でしょう。

    計画停電に東京圏の工場の多くが巻き込まれているので、本社企業は地方に移転して、その分の電力確保を業界として行ったほうがいいです。

    工場は移転できませんが、本社機能は移せます。

    東京圏を今の電力供給に見合う人口にしないければいけません。

    日本全体で日本経済を支えないといけない時期です。被災地復興のためにも日本経済を止めないようにしましょう。

  4. minourat より:

    > 岩手・宮城・福島の3県分のGDPは日本全体のせいぜい3、4%であり、直接の被害を受けた地域はその内でもさらに少ないので、日本のGDPの1、2%ぐらいが最悪失われるだろう

    この議論をいいかえると、 被害者と被害地域は東京に負担をかけないように消えてください、ただし原発事故の後始末は、残された方々ですきなようにしてください、ということです。 なるほど、有限責任の原理ですね。

    東京の電力不足は、 東京に原発をつくることによって解決できます。 早速、工事にとりかかりましょう。

  5. tadhoge より:

    停電も痛いですが東北道をシャットアウトしたままになっているのはロジスティクス上影響が大きすぎます。
    都心周辺に会社がある場合でも倉庫を茨城以北に置いているケースはかなりありますし、北海道との陸路が非常も、被災地との民間の交通も非常に不効率になります。
    都市のバス専用車線と同じように、東北道は追越車線を緊急車両専用として、他は一般車両も通れるようにするべきと思います。

  6. nihonhahatansinai より:

    新ブラより引用http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/page-4.html#main
    一部の日本国民は自らの国家を敵視し、政府の財政を家計簿にたとえ、政府の負債を「国の借金!」などと呼び、「破綻だ! 破綻だ!」と無責任に叫び、その割に国家が発行した日本円を愛するという、歪んだ国家感を共有してきました。

     そもそも日本円とは、国家のバランスシート上で政府(中央銀行含む)の負債なわけでございます。紙幣は、約束手形(支払手形)です。嘘だと思うならば、一万円札を持って日本銀行に赴き、「政府の支払手形である一万円札をもって来たぞ! 一万円払え!」と要求してみてください。「はい」と、一万円札をくれます。(実際にやっちゃ、駄目ですよ。当たり前ですが)
     「破綻だ! 破綻だ!」などと政府や国家を貶めることを続けている一部の日本人が、マスコミを利用して、せっせ、せっせと日本円をかき集めている姿は、笑止千万としか言いようがありません。
    引用終わり

    そういえば藤澤さんお金愛してるとか言ってませんでしたっけ?それはどこの国が発行した約束手形なんですかねぇ。