けさの「朝まで生テレビ」は原発論争に終始しましたが、また昔の無限ループに引きずり込まれそうな感じがしたので、今までの原発論争をおさらいしておきます。
これまでの論争では、反対派が「原発は絶対安全ではない」と主張するのに対して、絶対とは答えられない政府や電力会社は論争を恐れ、情報を隠してきました。それが反対派の不信感をあおって対立が先鋭化し、原発の番組は出演者をそろえるだけでも大変です。「命は何よりも尊い」という反対派の論理に対して、推進派は「少しぐらい死ぬリスクはしょうがない」とは口が裂けてもいえないので、議論が噛み合わない。
こういう論争は不毛です。原発のリスクはゼロではないし、ゼロにすべきでもない。リスクをゼロにするには原発をすべて止めればいいが、それは解決にならない。同じ基準を適用するなら、自動車も飛行機も禁止しなければならない。本質的な問題は絶対安全かどうかではなく、経済性とリスクをどう評価するかという経済的なトレードオフです。
石井孝明さんもいうように、今のところ核燃料サイクルや安全対策のコストを考えても原発のkWhあたりコストは5.3円と火力より安い。この計算には疑問がありますが、100万kW級の規模が出せるのは原発だけです。太陽光などの再生エネルギーで原発を代替することはできない。原発はベースロードとよばれる基礎的な大規模需要をまかなうもので、再生可能エネルギーは不安定でベースロードにはなりえない。
現実的にエネルギー単価で原子力と競争できるのは、石炭火力か天然ガス火力でしょう。これを再評価するには地球環境についての民主党政権の方針を再検討し、科学的根拠の疑わしい「温室効果ガス25%削減」の公約を撤回する必要があります。それでも化石燃料は早ければ数十年で枯渇する可能性があるので、原子力というオプションを捨てることはできない。イノベーションの可能性もあります。
しかし企業のプロジェクトとして考えると、今回の事故で軽水炉は不経済な技術になってしまいました。損害と補償で数兆円ともいわれるリスクは、私企業では負担できないからです。したがって大前研一氏もいうように、今後も原発を推進するなら国がやるしかない。ここから先は安全か危険かという二者択一ではなく、日本の長期的なエネルギー戦略の問題です。
誤解を恐れずにいえば、今回の事故で明らかになったのは、軽水炉のリスクはゼロではないが、最悪の条件でも多くの人命を奪うチェルノブイリ型の事故は起こらないということです。最悪の場合に1万人以上が死ぬような技術は比較対象にもならないが、今回の程度ならトレードオフを考えることは可能でしょう。今回の事故を詳細に検討し、経済性とリスクを客観的に比較して国民が選択するしかないと思います。
コメント
朝生は観ていないので重複するかもしれませんが、例え原子力を廃止しても
コストは掛かり続け、それは代替火力なりに上乗せされます。
平均60年使う予定のものを30年で止めれば、残りの30年は2~3円が上乗せされるでしょう。
解体・廃棄物処理コストも問題です。
現在も積み立てが行われていますが、将来のコストダウンを過大に評価した
雀の涙ほどの額でしかありません。
福島の廃炉作業が進めば、やはり1円×30年とかの上乗せが必要なことが
判明するのではないでしょうか。
ただ、悪いことばかりではありません。
否応なしに廃炉を進めなければならないため、廃炉技術・コストダウンは急激に進歩します。
現実から目を背け、問題を先送りするよりは、余程マシです。
全体としての趣旨には賛成です。ただし、抜けている点がある。
> 経済性とリスクを客観的に比較して国民が選択するしかないと思います。
電力で一番大切なのは、経済性でもリスクでもなく、「安定性」です。太陽光や風力はペケ。この点は趣旨の通り。
化石燃料は、当面は安定的ですが、途上国の需要が急増するので、将来は不安定です。化石燃料の生産可能量は限定されており、今後の途上国(中国を含む)の消費増加をまかなえません。
すでに食糧危機や石油危機(投機による)が何度も発生しました。原子力をやめれば、価格高騰ではは済まない絶対的な量の不足が発生します。「市場原理で調整される」といのは大間違いで、いくら価格を上げても、絶対的な総量の不足は免れません。
化石燃料に依存する限り、今はともかく将来的には、慢性的な電力不足とガソリン不足に悩まされるでしょう。
ここが最大のポイントです。
まず原発による被害総額の算定をまずお願いいたします。
南東北、関東の農林水産業の影響額。原発30km地区の土地等資産の喪失額。計画停電による全産業への影響額。(原発でなければここまで長期化はしない)。
上場株式総額の喪失額
現在日経は震災前比ー10%。原発要因が半分以上でしょう。
ちなみに東電の時価総額喪失額は現在約2兆円
1200万人を目的とした観光業の喪失額
日本というブランドの喪失額
国家経済とトレードオフが可能とおっしゃいますが
何を根拠に言ってるのか全く意味がわかりません。
我々は近くで人が死ぬことから遠ざかりすぎたのではないでしょうか。
お金が人を殺すのを近くで見ていても、本当の貧困が遠すぎて自分のことだと思えていない。
今年の夏、信じられない位の数の老人が東京で亡くなります。それは、お金があればいくらでも防げること(高い石油を買ってきて、自家発電すればよい)ですが、実際には助けることは出来ません。
また、冬には海外で安く米や小麦を作ってくれていれば買ってこれますが、もし不作になったら下手をすると飢饉がきます。
お金とはコメであり、石油であり、人手であり、我々はコメと石油と電気と手助け、流通、そういうものがないと生きていけない存在であるということを、もう一度かみしめるべきです。
これからたくさんの老人が亡くなっていき(老人が日本のボリュームゾーンになるという意味です)、死を身近にするようになると、私たちも変われるのでしょうか。
東京電力が国に提出した「原子炉設置許可申請」によると、原価は10.32~19.71円/kWhとなっています。しかもこの値には、廃棄物処理費用、廃炉費用や、災害対策費用、地元への補償金などの巨額の費用や国からの交付金が計算に含まれていません。5.3円は試算方式を変えてみたり設備の耐用年数を30年から40年に延長するなどして出した中で、最も低い試算値のようです。一方で高温岩体発電(地熱発電の一種)では、現在なら 9.0円/kWhで発電可能との試算が出ています。資源エネルギー庁の試算でも16円/kWhですから、一概に原子力発電のコストが高いとか低いとか言い切れません。
発電施設は建設、維持の経済規模が極めて大きいことから、様々な利権が絡んでいる上に原子力を推進してきた役所の面子もあるでしょうし、コスト論議は一筋縄ではいかないと思います。私は原子力発電反対派ではありませんが、40年に渡る実績があるというのに、実績原価をどこの電力会社も公表していないことから、単純に原子力が安いとは考えていません。
また、国家戦略として長期的に考えるなら、ウランという他国に頼らざるを得ない戦略物資を必須とする原子力発電ではなく、地熱を利用した発電に移行すべきであり(熱源は豊富で、さらに無料)、中でも原発以上のエネルギーが取り出せるというマグマ発電に投資すべきだと考えます。もちろん施設で事故が起きた際のリスクは原発と変わりませんが、原発と違って放射性物質をまき散らすことがありませんので。当面は本格的な高温岩体発電所の建設を目指し、長期的にはマグマ発電所を設けることで戦略物資の外部依存を低減することが望ましいのではないでしょうか。
過小な廃棄コスト、国からの補助金、原発とセットの揚水発電のコスト、これらを考慮すれば、原発は常に火力発電より高コストだったという計算も示されてますね。
更に、それにも、今回の被害で発生する補償費用は含まれていません。
そういう意味で、経済性を考慮すればするほど、原発は不要と言えるでしょうね。
そもそも、一般の企業であれば、どのような理由があっても、会社自身が1回で破綻するような高リスクの商品は持たないものです。
今回も免責が認められず、国からの支援がなければ、東電は確実に破綻します。
米国がスリーマイル島以降、原発を新たに作っていないのは、経済的な面からの判断も含まれています。
今回の事故の補償費用を原発のコストに算入せよ、という見解がありますが、論理的に成立しません。
もしそうするならば、将来的にも同様の原発事故が再発する(あえて再発させる)ことが前提となります。
原発事故の再発(および莫大な被害)を前提にするのならば、コスト計算をするまでもなく、原発の推進はありえません。
今回の事故はもともと予定された通りに起こされた人災です。本日の朝日新聞に指摘されているとおり。
同じことをまた起こすというのを前提にした議論は成立しません。
人為的に原発事故を起こすのはもうやめる、というのを前提にしなくては、話は進みません。
「本質的な問題は経済的なトレードオフ」とおっしゃいますが、これは原発の受益者にしか当てはまらないことです。原発の事故は国境を越えて全く恩恵を受けていない人達にも危害を与える、少なくとも精神的ストレスを与える事が有ります。今後中国に原発が数百も建設されれば日本人も安心できなるのと同じ事です。今後、福島の状況が最悪になれば夏の季節風にのって日本海を越え大陸の人達を恐怖のどん底に落とす可能性もゼロではありません。
政府はこの17年ほど毎年原子力予算を4550億円も支出してます。これは明らかに原発推進の為の「産業政策」です。池田信夫氏がご自信のブログで政府の産業政策は全て失敗したとおっしゃってます。原子力も例外ではなかったと証明されました。政府は特定の事業や技術を税金で支援することをやめ原子力については安全性のチェックのみに専念し原発をやるかどうかは全て民間に任せるべきです。
(1)「化石燃料は早ければ数十年で枯渇する可能性がある」とおっしゃる根拠を御教示ください。仮に石油が枯渇したら、車も飛行機も使えなくなり、プラスチックもつくれなくなります。それで文明社会が維持できるのでしょうか?
(2)「リスクをゼロにするには原発をすべて止めればいいが、それは解決にならない。同じ基準を適用するなら、自動車も飛行機も禁止しなければならない」という御意見が理解できません。前2者の燃料は石油ですが、後者の燃料はウラン等と異なり、事故の被害規模が大きく異なるのに、なぜ同じ基準で比較しなければいけないのでしょうか?
(3)「最悪の条件でも多くの人命を奪うチェルノブイリ型の事故は起こらない」「今回の程度ならトレードオフを考えることは可能」とおっしゃいますが、政府・東電の言うように「直ちに」人的被害は起きないとしても、今後放射性物質の摂取が原因のガンなど、中長期的に人的被害が拡大していき、その被害はもはや測定不可能でしょう。先生はこのような定量的に測定できない被害は検討から排除すべきとお考えですか?
思うに、今回の事故はTMI、チェルノブイリに続く人類への「三度目の正直」の警告ではないでしょうか。ああ、先生はチェルノブイリは違うという御意見でしたね。ではもう一度軽水炉で事故が起きないと分からないのでしょうか。
> 原発をやるかどうかは全て民間に任せるべきです。
こういう自由放任主義があちこちに見られますが、電力というのは地域独占事業ですから、完全に民間に任せた場合には、独占の弊害が生じます。
たとえば、現状であれば、東電は何もしないことが最善です。その場合、供給不足の状態により、電力料金を何倍にも引き上げることができて、利益の最大化を図れます。
当然ながら、発電所などは建設しないのが最善です。国民は電力不足で大損ですが、東電だけは電力料金の値上げでボロ儲けできます。
これに味を占めて、経営がまずくなったら、何度も原発事故を起こして、料金を何倍にもすることが可能です。
自由放任が正しいのであれば、原発事故により国民に大損させて、電力料金値上げのチャンスを得た東電経営者は、天才的に利口な経営者だと言えるでしょう。(皮肉)
自由放任論者は、「独占の弊害」という難点を理解できないので、困りものですね。
レッセフェールなんて、18世紀の古臭い概念だと、いまだに理解できない人が多すぎる。
電力においては「安定性」こそが何よりも優先されます。自由放任という経済原則よりも、です。停電だらけの現実を見ても、いまだにそれを理解できない人がいるのが、驚きだ。
原子力発電全般にわたる議論は必要だと思いますが、福島第一でなにが起きたのかの検証があってこそ議論はふかまるはずだと思います。
女川原発は健在であり、被災者の避難場所として使用されているという記事もあります。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110324/dst11032422350077-n1.htm
両原発の地震・津波被害および設計施工、保守管理等々の比較は安全性向上のきっかけとなりうると思います。
並行して、被害の補償、責任者の処罰を厳格にそして早急におこなうべきであると考えます。
机上の理論ではなく現実的な「リスク」を経営者に体感させることなくして原発を経済問題と位置付けることは不可能です。
>11
私はアゴラの他のエントリーのコメントで発電と送配電を分離し電力会社の地域独占を排除しろと何度も主張してます。同じ主旨の事を伊藤良平氏がアゴラの新しいエントリーで述べられてます。米国では既に発電と配電は分離し地域独占はありません。カリフォルニア州で数年前電力不足になった時、日本の電力会社は自由競争の弊害で停電が発生したと我田引水の主張をしましたが、これは間違いで採算割れの電力料金の値上げを加州知事が人気取りで認可しなかった為、余裕のある隣の電力会社が売電をせず、地元の電力会社も増設をしなかったから電力不足になったのです。
>11. greetree 電力というのは地域独占事業ですから、完全に民間に任せた場合には、独占の弊害が生じます。
あなたにはミクロ経済学の学部一年生レベルの「基礎」知識がないのですね。ヤードスティック規制(笑)くらいの知識があれば、あなたは上記のようなナンセンスな発言はなさらなかったでしょう。
あと、自由放任とかなんとか言ってますが、2000年代前半の自民党政権は、「家父長的な事前統制」から「法・ルールの支配に基づいた事後監視」型の行政システムへの転換を目標にしていたわけです。東電が超過利潤を追求する私企業なのか、政治学的な使命を帯びた特殊な組織なのかは契約理論の学者に尋ねたほうがよい。東電幹部が自由放任主義者とあなたは言っているが、それでは、小泉政権の方針は整合的といえるのではないか。
とりあえず、あなたの意見は倒錯している。まあ、ゲーム理論やインセンティブ設計理論の単純な「基礎」知識があれば、あなたは上記のようなナンセンスな発言はなさらなかったでしょう。
> 発電と送配電を分離し電力会社の地域独占を排除しろ
それには賛同します。ただし、それで万事解決ということにはなりません。
安定性は消費者の利益であり、供給者の損失(余剰な設備投資)である、という根本がある限り、安定性は損なわれやすくなります。
これを解決するには、料金制度や罰則などの設定が必要ですが、そのためには何らかの規制が必要です。
とにかく、「安定性が大事だ」という方針を国家方針として示さないと、目先の利益に駆られた連中が、東電のようなことをします。その問題は、分離によっては解決しない、根本的な問題です。
どの分野でも、「合法的な限り法の目をくぐってインチキをしよう」という連中が必ず現れます。
その典型が、ずさんな原発体制と、その事故でしょう。
>7
日本では過去直下型M8.4(濃尾地震1891)の地震すら起きた国です。何処でもこのおき得る直下型を想定しては原発の設置が不可能なので、そいう地震が起きない事が前提として机上でなりったった原発経済論はもうこの国に通用しません。
M8.4の直下地震の想定加速度が原発設計想定をどれだけが上回るかおわかりですか?
あくまで想定外はおきないということでしょうか??
あり得ない津波と同様ありえない揺れにも襲われるのです。
そしてヒューマンエラーは0にはどうやってもできません。
人災もまた当然起こるのですよ。
あなたの今回は特別でもうありえないという、原発人災説(設置自体が人災ですが)この先直下地震が起きない事(ありえません)が前提として、ヒューマンエラーも起きない事を前提にしか成立しませんよ
先ず、住民が反対する施設は、東電だろうが、国有施設であろうが建設できません。それを力で押しつけようとするのは、昔の軍国主義くらいのものでしょう。
原発の代替え対策は燃料電池で可能です。
CO225%削減も出来ます。燃料資源も、数百年分はあります。自家用車が普及しているように、一家に一台、企業に数十台、地方で大型の分散電源を公共機関が設置する等すれば、1億KW程度の設備は簡単に設置できます。
大型施設では、燃料電池からの排ガスを100%回収して深海投棄するなど0エミッション化も可能です。
燃料電池産業は、起業としても有望です。市場は全世界です。自動車産業を超える雇用を創出できるでしょう。
原発は全廃すべきです。
> 東電幹部が自由放任主義者とあなたは言っているが、
言っていませんよ。それからあなたの話は、私の話をすべて勝手に曲解している。
日本語を理解できない人は、他人の話にいちいち文句を付けないでください。言葉が通じない人とは議論にならないので。
風力・太陽光は単独では不安定で使えないと思えるのは当然です。
では、自然エネルギーを大量にやっていると言われるドイツやベルギーは国全体で誤っているのでしょうか?
それとも自然条件が大きく異なるのでしょうか。
また、きわめて広範囲な洋上風力発電でも「不安定」でしょうか。
さらに、宇宙太陽光発電の可能性は?
これほど原発が信頼を失い…それが魔術的感情であるとしても、人間は経済合理主義ではなくそちらで動くのです…石油も地政学的なリスクが大きくなるのに、そちらを考えないでいいものでしょうか?
福島第一原発事故、原発建設の安全基準の真実
(増刊たかじんのそこまで言って委員会)
の文字起こしをした方がいらっしゃいます。
http://regist.blog21.fc2.com/blog-entry-750.html
—
「設計ミスの配管を撤去したい」
「認可したものだから取れません」
「私が謝りますからとらせてください」
「いや国が認めたものだから正しいんだ」
付近住民に逃げるためのオートバイと被爆低減のヨウ素を配るべきと提案した。
それは安全が建前だからやらない!逃げるようなオートバイとヨウ素を配ったら原発は危険だと認めることになる。
—
経済問題でしょうか?
日本型組織に、原発のような極めてクリティカルなシステムについては、それを運用する資格・能力が無い…
組織論の問題のような気がします。
池田氏は「今回の程度」ならトレードオフを考えることは可能とおっしゃっています。
今回の程度というのは、どの程度のことを指しているのでしょう。まだ、損害の程度など何も確定していないです。今後、東北、関東圏の日本人(特に子供)の人体にどのような影響を与えるのかは誰にもわからないです(複数の医師に話を聞きましたが、神様にしかわからないとの回答でした)。また、安心・安全を売り物にしてきた日本ブランドも大変傷つけられています。さらに、福島の一部は今後人が住めなくなるかもしれませんし、海の汚染の程度も確定していません。
池田氏がトレードオフという考え方をできるのは、損害の程度を低く見積もっているからだと思います。
私は、原発は無くす方向でいくべきと考えています。確かに今すぐ原発を無くすことは難しいでしょう。しかし、日本中の火力、水力、太陽光、風力、その他のエネルギーを結集し・イノベーションを起こし、原発を無くしていくべきだと思います。
今回の地震・津波・原発事故で想定外のことが起こることは
日本中の方が認識されたと思います。原発に対してテロ攻撃があるかもしれませんし、隕石が直撃することだってありえるのです。そのような事態になったときに、どの程度の損害が
あるのかは誰にもわからないのです。損害の程度が確定できない以上、トレードオフという考え方もありえないと思います。
初めてコメントします.
8.greetreeさんに同意します.
勝ったときは大金持ち,負ければ国が責任を取る.どういう理念であるにせよこれは正義ではないと思います.以前池田先生のブログにToo big to failとあったように思いますが,国民を人質にしているため,企業の倒産を国が放置できないという状態は良くないと思います.オバマがやろうとしたように,潰れようがどうしようが政府が捨ておける程度の規模にすべきでしょう.それでこそ,生き残りを賭けた血みどろの競争,同じ土俵上での熾烈な戦いが正々堂々と行われ,それゆえ社会が活性化しイノベーションが生まれる筈です.(と竹中さんは言っていると思います)
「蜂の寓話(私悪すなわち公益)」を一通り読みましたが,マンディブルは好き勝手にやれと言っていません.この意味で池田先生のブログの,政府は東電を救済するなという主張は筋が通っています.
北海道奥尻沖地震のとき津波の高さは30mです.原発の安全性を見直し,安全係数を掛けてM9.5-10,
津波の高さ30-50mで施設を作り直すことは理論的には可能でしょう.しかし,そのコストを受益者負担で電気代に上乗せすれば,経済的には不可能になるでしょう.
初めて投稿します。まず全ての投稿者に、投稿前の前提として、福島原発が止まっただけで首都圏がこれ程混乱していること、及び理想論や不確定な将来像ではなく当面10年程度を視野にいれた現実的な解決策を提示する、という2点をお願いします。現在の首都圏停電は湖西ワイにも経済不況により、各工場が本格稼働していない(またはさせていない)こと、及び丁度家庭電力需要の少ない時期が重なった偶然の結果として現在の電力需給が均衡している、という事実も前提としてください。
以上の観点から言えば、燃料電池とか、地熱発電は、日本の現在の電力需要における原発の発電量からすれば、代替不可能と結論せざるを得ないことから、ナントカの遠吠え、で廃棄すべき無駄な意見です。
また安全重視派なら、今後一切の電力を使わない生活を送るべきです。それは日本の電力の3割以上が原発がもたらすものであるから、です。家庭のみならず、仕事でもパソコンを使わない、電車なんか絶対のらない、食べ物もその生産過程で電力を使う温室野菜なんかもたべられませんよ。要はどこかの山奥か海岸べりで、自給自足生活すればいいのですよ。それだけの覚悟よりも実践をされてから、安全重視と主張すべきです。
【続き】
(3)さて、消費者は自分の使う電気の発電所を選べません。原発に反対だからといって火力からの電気だけをよこせと言うわけにはいきません。そこで太陽光発電が注目されています。できるだけ電力会社依存度を下げようというわけです。これも政策次第で普及度が上昇することでしょう。
(4)最後に「安全重視派なら~」の件ですが、ではこれを「供給重視派=原発推進派」に置き換えると、「原発推進派は原発事故の被害を受けても甘受すべきだ」ということになりはしませんか?停電だけではありません、放射性物質の拡散による被害についてでもです。そこまでronten3さまが覚悟されているのであれば仕方ありませんが、殆どの国民はそうは思わないでしょう。先の御意見が暴論であることを御理解いただければと思います。(2)と(3)に節電努力を加えて、原発のない未来を想定してみませんか?
>23. ronten3さま
「原発反対派は電気を使うな」よく言われるクリシェですが、疑問点を挙げてみます。
(1)原発は一度運転し始めると停止するまで時間と手間がかかります。また出力を調整するのもタイヘンで危険を伴います。そこで国と電力会社は原発を基幹エネルギーとして位置付け、消費量の変動に伴う調整は火力等で行ってきました。
(2)その上で、各電力会社は原発の廃炉や停止に備えるために火力発電所の増設等の対策を採っています。例えば中部電力は浜岡原発分をLNG発電で補うため新潟県上越市に新設を、名古屋市に改良・拡大した発電所を建設中です。前者は2012年、後者は2019年運転開始予定です。これで大口の電力については「当面10年程度を視野にいれた現実的な解決策」に当たると思います。東京電力はあいにく福島・茨城の火力まで停まってしまうという不幸に襲われてしまいましたが。エネルギーの供給先としては、アラブ諸国の情勢が不安定な中、中・露との石油・LNGの共同開発に本腰を入れるべきだと考えます。中東以上に手強い相手ではありますが。なおCO2地球温暖化犯人説については既に崩壊しておりますので念のため。【続く】
ケットさんへ.
> 風力・太陽光は単独では不安定で使えないと思えるのは当然です。
>
> では、自然エネルギーを大量にやっていると言われるドイツやベルギーは国全体で誤っているのでしょうか?
風力が不安定なのは確かです. ヨーロッパでは, 風が止まったときのために別の発電所を用意しています. いざとなったら原発大国のフランスから電力を買うかもしれません.
数年前からドイツが原発回帰に動いたのは, ロシアがウクライナへの天然ガス供給を止めた事件が影響しています. つまり, ヨーロッパでは天然ガスには「政治的なリスク」があります.
>>原発のリスクはゼロではないし、ゼロにすべきでもない。リスクをゼロにするには原発をすべて止めればいいが、それは解決にならない。同じ基準を適用するなら、自動車も飛行機も禁止しなければならない。
ここの部分には同意しますが、その他の部分については同意できません
>>今回の事故で明らかになったのは、軽水炉のリスクはゼロではないが、最悪の条件でも多くの人命を奪うチェルノブイリ型の事故は起こらないということ
今回は起きなかっただけであり、今後起きないという保証はどこにもない。その一点で個人的にはこの主張の意味が理解できません。
よく原発議論において(今回の文章でも)出てくるのが原発は他の発電技術に比べる生産性が圧倒的に高くて~~という議論ですが、
個人的にはそこが議論の本質ではないと考えます。
一番重要なのは技術一つの生産性ではなくて、日本という国がどのような地理的な条件を成しているのかを前提においた、『何が適した環境にあるのか』を問うことではないでしょうか?
もし、原発で最悪の事態に発展した場合、国土の狭い日本と国土の広い欧米(チェルノブイリのあるロシアしかり)では実質的な意味合いが異なる。
また、四方を海に囲まれ、地震の発生するリスクが圧倒的に高い、つまり遭遇する可能性のある自然災害の種類が多い日本では欧米と違った基準を持つのは圧倒的に重要だと思う。
ヨーロッパの再生可能エネルギーは、フランスの原発前提の欺瞞…
といっても、火力や原子力などフォローするエネルギーが必要であっても、太陽電池・風車が大量にあれば全体としてウランや石油を節約できるのでは?
全体での原発・火発全廃に無理にこだわらず、できるだけ減らすならそれも意味はあるのでは。
問題は化石燃料もウランも枯渇する遠未来です。
たしかに、私は事故の損害そのものよりも、経済的な理由で原発を腹立たしく思っていました。結局、国が補助しなければ成り立たないものにロクなものはないのですね。毎年5000億円もの補助金が原子力に出されてるとは驚きました。もんじゅは今、死に体のようですし、ウランの枯渇は時間の問題のようです。
OK、国の仕事ですから、分散投資という観点から、原子力への投資も、ある程度は正当化できたと思います。これまでは。
しかし、今回の件で、もうあきらめるしかないでしょう。もう国の財政ももたないし、そもそも原子力行政を監視する民度もありません。東電が国営化されたところで同じことです。
それよりは、電線の利用を自由化して、地熱、洋上浮体風力など、これらの事業に利益を出しやすい環境にすることのほうが、よほど国民全体の利益になると思います。
東京公電:電力会社や経済産業省による原子力についての隠蔽
ttp://wikileaks-japan.blogspot.com/2011/03/blog-post_18.html
アメリカで学び、働いた経験のある河野太郎氏は優れた英語会話力を持ち、農業、原子力、外交問題に興味があり、大使館との頻繁な接触を保っている。
(中略)
また彼は経済産業省による原子力事故の隠ぺいについて非難しており、これは原子力産業の実際のコストと問題をあいまいにしていると言った。
(後略)
原文:http://213.251.145.96/cable/2008/10/08TOKYO2993.html