戦争は「軍部の暴走」だったのか - 『あの戦争と日本人』

2011年04月09日 10:34

あの戦争と日本人あの戦争と日本人
著者:半藤 一利
文藝春秋(2011-01)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


明治以降の近代史をみるとき、二つの有力な史観がある。一つはそれを財閥や地主が軍部と結びついて対外侵略を行なった「帝国主義」と考える唯物史観で、アカデミズムや左派メディアにはまだその影響が強い。もう一つは明治の英雄が近代化をなしとげたと考える司馬史観で、「新しい歴史教科書をつくる会」などの右派はこれに依拠している。

著者は司馬遼太郎の編集者だったので、基本的には司馬史観に共感しながらも、明治国家と昭和の戦争を「非連続」と考える司馬に異を唱える。特に大きな岐路は日露戦争だった。『坂の上の雲』では英雄の活躍によって不可能な勝利が可能になったように描かれているが、最近発見された当時の戦史によれば、その実態は違う。

たとえば二〇三高地の攻略は、結果的には無意味だった。2万人の犠牲を出して攻略したときは、すでに旅順港のロシア艦隊は別ルートの攻撃で全滅していたからだ。日本海海戦も、実は連合艦隊司令部の命令に反して行なわれたまぐれ当たりで、日本の戦力は長期戦には耐えられなかった。しかし国民が戦勝に熱狂したため、軍部はその事実を秘密にし、戦史は80年代まで皇居に所蔵されていた。

軍部が「統帥権の独立」を盾にとって暴走したというのも史実と違う。日中戦争が始まったあとも、参謀本部は早期に和平を結ぼうとしたが、近衛首相を初めとする内閣が主戦論で、「国民政府を対手とせず」という声明を出して泥沼に突入した。それは政治家が戦争の拡大を求める世論の「空気」に迎合したからだ。

このように大局的戦略がなく、空気に押されてずるずると状況的に意思決定が行なわれる日本的組織の欠陥は、現在の原発事故の処理をめぐる迷走にも受け継がれている。かつて丸山眞男などは、このような無責任体制の原因を天皇制による「権力の空白」を軍部が埋めたためだと考えたが、実は空白を埋めたのは「民意」だった。新聞が大本営発表を報じたのは言論統制のためではなく、好戦的な新聞ほど売れたためだ。

だから大江健三郎氏のいうように国民に罪はないが軍部が暴走したなどというのは、小説以下のフィクションである。国民の支持なしに、あれほど長期の戦争は不可能である。軍部の暴走を生んだのは、客観的条件を無視して「大和魂」さえあればどんな困難も乗り切れると思い込む国民と、それを説得できない(あるいは迎合する)政治家だった。愚かな戦争を生んだのは愚かな国民なのだ。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

アクセスランキング

  • 24時間
  • 週間
  • 月間

過去の記事

ページの先頭に戻る↑