安全神話からリスク負担へ

2011年04月11日 00:15

「原発を東京につくれ」という話があります。「国や電力会社は原発が絶対安全だと主張するのだから、消費地に近い東京につくればいい」という話で、もとは広瀬隆『東京に原発を』あたりから始まった話でしょうが、先日は朝日新聞の「素粒子」というコラムにも書いてあって驚きました。

これは気のきいたことを言っているつもりかもしれないが、ナンセンスです。もし千葉県あたりに原発があって今回のような津波に遭遇したら、今ごろ東京都民1000万人が避難することになって大混乱でしょう。原発事故のリスクはゼロではないのだから、いざ起ったときの被害が最小になるように立地するのが当然です。


ところが地元や反対派は「リスクをゼロにしろ」と主張し、国と電力会社は「リスクはゼロだ」と言い張ってきました。このため、ちょっとした水漏れが起こるたびに、反対派が「やっぱり危険だ」といえば電力会社が「これは安全に支障のない『事象』だ」と言い張って情報を隠蔽し、相互不信が増してきました。

今後の日本のエネルギー政策を考える場合、原発を新たに建設することは当分は無理だとしても、既存の原発を止めることはできない。安全対策を講じた上で、そのリスクについて理解を求めるしかないでしょう。その場合、大事なことは、原発は危険だという今や自明の事実を前提にしてリスク負担を考えることです。

WHOの統計でも明らかなように、死亡率でみるかぎり原子力のリスクは火力より小さい。特に有力な代替案である石炭火力と比較するときは、石炭の採掘や大気汚染の被害と原発のどちらが大きな問題か、冷静に議論する必要があります。

もう一つは経済性です。技術開発や核燃料サイクルに巨額の先行投資をして巨額のサンクコストを背負う電力会社にとっては、原発のコストは火力より安いかもしれないが、核燃料サイクルのコストは発電原価に反映されていない。ガスタービンなどの分散エネルギーにサンクコストのない企業の新規参入を認める規制改革を含めて、総合的な経済性の検討が必要です。

もちろんエネルギー安全保障という面からは化石燃料だけに依存することはできないので、原子力というオプションは必要でしょう。しかし今後は安全神話を捨て、原発の危険性を前提にして、どこまでのリスク負担にどれだけ補償が必要かという正直ベースの対話で相互不信を払拭することが必要だと思います。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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