世界は史上最も安全である - 『リスクにあなたは騙される』

2011年04月16日 11:08
リスクにあなたは騙される (数理を愉しむ)
ダン・ガードナー
早川書房
★★★★★



9・11のあと飛行機に乗る人が激減し、人々は自動車など他の交通手段を利用した。その結果、死者は減っただろうか? 残念ながら2001年の9月以降の1年間に、アメリカで飛行機の代わりに自動車を使った人は1595人死亡した。同じ距離を移動する交通手段としては、飛行機がもっとも安全であり、自動車がもっとも危険だが、人は一挙に多くの人が死ぬ事故でリスクを評価する。

このようなバイアスが、もっとも愚かな政策を生んだのが、本書のテーマである「テロのとの戦い」である。イラク・アフガン戦争では軍民あわせて10万人近い死者が出たが、テロの犠牲者は全世界で年間300人前後で変わらない。これは1年間にプールで溺死するアメリカ人の数より少ない。平均的なアメリカ人がテロで死ぬ確率は1/10000以下だが、これは落雷で死ぬのと同じぐらいの確率である。

この「テロ」を「原発」と置き換えてみよう。日本で原子力施設の放射能で死亡した事故は50年間で2人だから、1年間に0.04人が死んだことになる。これに対して落雷による死者は年間20人だから、あなたが原発で死ぬリスクを恐れているとすれば、落雷で死ぬリスクをその500倍恐れたほうがいい。

しかしアンケートを取ると、アメリカ人の44%がテロの犠牲になることを恐れている。日本人は今、ほとんどの人が放射能を恐れているだろう。このようなバイアスには明らかな法則性があり、その原因は進化心理学でよくわかっている。人間の脳は旧石器時代から進化しておらず、人々は感情で動くからだ。

あなたの脳の中には、旧石器時代から変わらない反射的な感情(古い脳)と、新しい知識を学習して論理的に思考する理性(新しい脳)が同居しており、まず行動を決めるのは感情である。特に強い感情は、恐怖である。これは命を守るためのメカニズムなので、理性を超えて反射的に作動する。だから「放射能がくる」などとわずかな恐怖に訴えることが、メディアが売るための常套手段である。

古い脳のもう一つの特徴は、変化率に反応することだ。これは進化の戦略としては合理的である。外界から入ってくる情報は膨大なので、それをすべて処理することはできない。画像圧縮と同じように計算を省略し、変化する部分だけを認識して動く相手から逃げるのだ。このため人々は、ありふれた大きなリスクより新しい小さなリスクに強く反応する。

しかし統計的にみると、人類は歴史上もっとも安全な世界に住んでいる。1900年にアメリカで生まれた子供の20%が5歳までに死んだが、その比率は今では0.8%である。日本の平均寿命は1900年には44歳だったが、今は82歳である。「癌の死亡率が上がった」と騒ぐ人がいるが、それは他の病気で死ぬことが減ったからだ。客観的リスクを評価するには、変化する「事件」に過剰反応するバイアスを自覚し、新しい脳を使って数字を見ることが大切である。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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