再生可能エネルギーの限界と日本のエネルギー政策の今後

2011年05月26日 00:31

福島第一原発の放射能漏れ事故以来、当然のことながら脱原発の世論が高まっている。そして太陽光や風力のような再生可能エネルギーへのシフトが声高に叫ばれている。しかし筆者はそういった安易な考え方に危ういものを感じている。というのも再生可能エネルギーは原発を置き換えうるような技術では決してないからである。一部にこれから研究開発してイノベーションを起こせば、これらの再生可能エネルギーが原発を代替しうる技術になるといった楽観的な見通しもあるが、それは絶望的だといわざるをえない。おそらく近年のIT技術の進歩になぞらえているのだろうが、ロジックだけで全てが完結するソフトウェアと違い、エネルギー技術はそもそも絶対に破ることができないエネルギー保存則や熱力学第二法則のような物理原理に支配されているので、その技術革新のスピードは物理的な限界に漸近的に近づくという非常に緩慢なものにならざるをえない。現在のような電力供給の非常に逼迫した状況で、どの電力会社も老朽化した火力発電所を復活させたり、ガスタービンを増設するのに必死になっている一方で、誰も再生可能エネルギーのことなど考えもしていない事実を冷静に見つめる必要がある。以下、よく誤解されているポイントを中心に再生可能エネルギーの限界について論じる。


1.再生可能エネルギーは膨大な土地が必要

エネルギー政策担当者の間では、実は原子力というのは人命という観点からいえば極めて安全なものだと考えられている。研究者によって数値に開きがあるが、単位エネルギー当たりの死傷者数を火力発電と比べると、原子力は、採掘作業などでの事故死だけで二桁、大気汚染での死傷者数を含めれば概ね三桁ほど安全なことが分かっている。すなわち火力では数千人が犠牲になるエネルギーを取り出すのに、原子力はわずか1名程度の犠牲者でいいことになる。もちろんこの計算にはチェルノブイリが含まれている。多くの人には意外かもしれないが、原子力は非常に安全なのである。これは単位移動距離当たりでは、自動車より飛行機のほうが圧倒的に死傷者数が少ないのと似ている。この事実による当然の帰結は「脱原発はより多くの人を殺す」である。

1TWh当たりの死亡者数

出所: 金融日記

しかしチェルノブイリや福島での核災害を観察すると、原子力発電のひとつの大きな欠点が浮き彫りになる。それは放射能が漏れるシビア・アクシデントが発生するとかなりの土地が失わてしまうことである。これは住居に適した土地が少ない日本のような国にとって、大いに気がかりなポイントである。人命と土地のような経済的価値を比べるのは困難だが、原子力は人命にはやさしいとしても、人命を救うことによる経済的損失が過大になるかどうかは熟慮する必要がある。

ところがこの点に関していうと、太陽光や風力のような再生可能エネルギーの方が圧倒的に土地を費消するのである。これは太陽光や風力は空間に漂う非常に低密度のエネルギーを利用しなければいけないという、どうしようもない物理的な限界による。下の図は、100万kW程度の標準的な原発を再生可能エネルギーで置き換えるために必要な面積を描いた。

原子力と太陽光と風力の必要土地面積
出所: 東京電力、Nuclear Energy Insituteの資料から筆者作成

原子爆弾を想像してもらえば容易に理解できるだろうが、核エネルギーの圧倒的なエネルギー密度と、日常生活の中で我々が直に接している太陽光や風力との違いが如実に表れているのである。そしてこれは物理的な限界なのであって、多少発電効率が上がったところで解決しないのである。なぜならばエネルギー保存則から、発電効率は決して100%を越えることはないからである。

2.不安定な電力は単独では使用することができない

1日の電力需要と発電力構成

出所: 東京電力

よく太陽光発電のコストは原発のX倍とか、これだけの風力発電設備を作れば全ての原発を置き換え可能などという説明を見かけるが、これらはあまり意味がなく、時に誤解を招く表現である。太陽光や風力は文字通り天気まかせの発電方法であり、当然ながら気象条件に左右される。現状では大きな電力を蓄えることが可能なバッテリーは現実的なコストで作ることができないので、発電とは、需要に合わせてうまく供給していくしかないのである。つまりこのような再生可能エネルギーは、必然的に火力発電や原子力発電と組み合わせる必要があるのである。よって再生可能エネルギーの火力や原子力に対するコスト比較や設備の比較は、あたかもコストさえかければ再生可能エネルギーのみで電力供給をまかなえるという幻想を喚起させてしまい、甚だ正確な表現とはいいがたい。電力供給とは、刻一刻と変化する電力需要に対して、様々な電力源を活用して需要よりもわずかに大きい電力供給を正確に実行していく、極めて高度な動的ポートフォリオ・マネジメントなのである。つまり、次の式を満たすように発電設備を設計しなければいけないのである。

 電力需要の最大値 < 発電キャパシティーの最小値

この点から、再生可能エネルギーの利用は極めてむずかしいのである。現実には、不安定な電源を利用するコストが非常に高いので、日本では風力発電などで作られた電力は補助金だけ払ってそのまま捨てているのが現状である。また、ヨーロッパ諸国など、再生可能エネルギーの育成に積極的な国では、こういった不安定な電源の性質を補うために火力発電所で大掛かりなバックアップが必要になり、かえって炭酸ガスの排出量が増加したという報告もある

3.今後のエネルギー政策

筆者は、火力発電による炭酸ガスの排出や大気汚染などの地球環境問題の深刻さ、また中国やインドなどの新興国の急速な経済成長を勘案すると、これからも積極的に原子力を推進していく必要があると考えている。再生可能エネルギーは火力発電の比率を下げるために利用するべき技術であろう。

しかし大衆というのは時に感情的で、そういった感情的な反応を増幅するのがマスメディアであり、またそういった感情に阿っていくのが政治家の仕事でもある。よって今後は誤ったエネルギー政策、すなわち急進的な脱原発政策が選択される可能性が非常に高いと考えている。そのコストはより多くの人命、高い電気代、電気の質の劣化、産業の空洞化等であるが、それは民主主義の宿命でもあり、日本の居住者が受け入れなければいけない代償であるのかもしれない。エネルギー政策は一度決定されると、その後の再変更は極めて困難である。そして今回の誤ったエネルギー政策の「授業料」は100兆円のオーダーになると思われる。

往々にして、地震よりも津波や火事などの二次災害の方が怖い。福島第一原発の事故も、核災害そのものよりも、その後の人々の反応の方がはるかに日本の将来にとって深刻なダメージを与えたと思われる。まるで放射線によって傷つけられたほんの一部の細胞が、DNAという複製子を介して、その傷をどんどん増殖させてしまうみたいに

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