TPP加盟反対は、農業を騙った既得権益者の戯言

北村 隆司

中国が不参加を表明した後のTPP加盟国・交渉国に日本を加えた10カ国のGDPを比較しますと、アメリカ:67%  日本:24%  オーストラリア:4.7%  その他(7か国):4.2% で、その9割以上を日米2カ国が占めています。国としての経済力から見れば、日本がTPP加盟を恐れる理由はありません。


TPP加盟反対を唱える人々の本当の狙いは、農産物を含む関税撤廃反対ではなく、TPPが目指す加盟国間の経済制度、サービス、人の移動、基準認証などの自由化や新しい基準の導入に依る既得権の失墜を恐れるからではないでしょうか?

純ドメ(非国際的)制度に守られた日本の金融、報道、電子取引などのサービス、投資ルール、弁護士、医師を含む労働規制や環境規制を、国際的に通ずる基準に改定を求められた場合、日本のエリート構造に激震がおこる事は間違いありません。

例えば、現時点の郵政改革関連法案が金融の非関税障壁とみなされる可能性や外国企業の進出・投資規制や弁護士、医師などの知的サービスを含む労働者の受け入れ制限が難しくなるとしたら、国内エリートにとっては大変な事です。

TPP加盟反対の真の理由は、日本農業への打撃ではなく、利権構造の破壊を恐れる為としか思えません。「食糧安保論」に至っては、機械化と老齢化の進む日本農業は、燃料確保なしには考えられず、国際的なシーレーン防衛にも協力せず、テロ対策にも関心を示さない人々の「食料安保論」など笑止千万としか言いようがありません。

戦後経済復興の努力は、日本の経済水準が1人当たりの国民所得でアメリカの14分の1、鉄鋼生産では10分の1、自動車生産になると100分の1以下と言う惨めな状況に置かれた1950年から始まり、奇跡的な成功をおさめました。

「もはや戦後ではない」と結語に記して有名になった1961年の経済白書は、「われわれは日々に進み行く世界の環境に一日も早く自らを適応せしめねばならない。そしてそれを怠るならば、先進工業国との間に質的な技術水準においてますます大きな差が付けられるばかりでなく、長期計画によって自国の工業化を進展している後進国との間の量的な開きも次第に狭められるであろう」と予測しましたが、その後の経過はこの正しさを証明しています。

日本の多くの産業が変遷する世界の環境に自らを適応させる為に「自立」「技術革新」「産業合理化」「貿易と資本の自由化」「消費流通革命」を目指して常にスクラップアンドビルトの努力を続けているとき、日本の農業政策は自助努力を捨て、保護政策を採りました。その結果、篤農家を苦しめ、利権構造を肥らせる日本農業を導いた事は皆の知る処です。菅首相が「貿易の自由化いかんにかかわらず、このままでは日本の農業の展望は開けない」と述べた日本農業の危機は、政策失敗の必然的な結果です。

日本農業は過剰保護による無風の時代が余りにも永すぎました。日本農業再興の第一歩は、補助金の全廃と自由化から始めるべきで、補助金無しに自立出来ない農業は、理由の如何を問わず見捨てる事が絶対条件です。

日本が小選挙区制を採用する以前は、人口比でドイツの14倍もの工務店が農業土木を生業として各地方に存在し、全農と共に保守派の「集票マシン」の中心を果たしてきました。TPP加盟反対派の牙城が、「集票マシン」と重なるのも偶然ではありません。

日本農業の隠れた危機はその人口動態にあります。一気に移民自由化とまで行かなくとも,就労ヴィザの緩和など若年農業経営者に魅力的な新しい農業環境の整備をすることと、セーフテイネット網を広げて高齢農業者の離農を促す事が、日本農業の再生には避けては通れない道です。

TPP加盟国の多くは日本の農業技術に大きな期待を寄せており、狭い国土と人口過剰に悩むこれ等の国の繁栄には、日本の農業技術の導入は欠かせないものです。日本のTPPの加盟がこれ以上遅れると、勤勉な韓国の農業技術がその穴を埋めてしまう危険すらあります。

経済自由化の波は、先進国の国際収支を貿易収支中心主義からサービス収支、金融収支中心に移しつつあり、日本も貿易差額主義的な考えから脱皮して、むしろ技術や知的財産を中心とした考えに移行すべき時代で、農業技術の輸出は時代の変遷に沿ったものです。

TPP加盟は篤農家を助け、農業利権を殺す良薬です。現に、日本の消費者と篤農家は、柑橘類の自由化紛争から肉類の自由化に至るまで、受益者ではあっても、被害者になった例はありません。

自由化は農水産業を、穀類、肉類、魚類と言う「物質名詞の生産業」から、固有のブランド持った「食品産業」へと変貌させました。「食糧庁」が廃止されたのもこれが一因でしょう。TPP加盟は、むしろ日本農業の活性化と若者の農業復帰を促す絶好の機会です。

現在の統治機構や利権を守る事が「国益」であるならいざ知らず、人口縮小に悩み、知恵と勤勉性に恵まれた日本は、自信を持ってTPPに加盟しTPPの今後の有り方について指導性を発揮する事こそ国益に沿ったものです。

コメント

  1. kaku360 より:

    日本のエリート構造や農業分野に問題があることは間違いないと思います。ただそれなら「金融、報道、電子取引などのサービス、投資ルール、弁護士、医師を含む労働規制や環境規制を、国際的に通ずる基準に改定を求める」ことが筋だと思います。一度に全部やる理由がないです。
    それに農業分野も含めて「国際的に通ずる基準」というのが現状より、いいかどうかは産業ごとに違うはずです。国際的な基準というのはアメリカの都合ということでしょう。FTAでアメリカと交渉すればいいだけのような気がします。

  2. rod1961 より:

    農業をやってる者です。品質の高い農産物を作っていればTPP加盟は自分に有利になると考えていました。しかし,今回のブログを読ませていただき,考えを改めました。TPP加盟に賛成する理由が農業の周辺に存在する利権構造をこわすためだとすれば,農家はその論理のだしにされているだけだと感じたからです。
    もし,農業利権構造をこわすことが目的なのだとしたら,何もTPP加盟を待っていることなく,ストレートに利権構造をこわすための訴えをしてください。
    また,TPP加盟で本当に農業が活性化するとおっしゃるのなら,北村さんご自身が農業で生計を立ててみるお手本を示してほしいと思います。時給120円で生活するのはとても楽しくて誇らしいことですよ。その上でなおもTPP加盟を訴えるのでしたら,日本の農業者はあなたを信用するでしょう。

  3. rityabou5 より:

    今の世界は自由市場で生産者が競争して発展してきました。だから、市場で競争するのはとても大事です。ところで、この競争とはいったいどんなものなのでしょうか?それは『素晴らしい技術で優れた製品を作った者の勝ち』という競争です。

    TPPが始まると、この競争が壊れます。為替&人件費というものによって。『素晴らしい技術で優れた物を作った者の勝ち』という競争は起きずに、『為替によって人件費の高い方が一方的に負け』ということが起きます。

    『競争は素晴らしい』と考えている人がいますが、それは『公平な競争』が素晴らしいのであって、一方が圧倒的に有利なのは『公平な競争』ではありません。

    円高によって人件費が高ついてしまう日本でTPPをするという事は、『不公平な競争』をしてしまうことであり、これでは市場の発展、成長は望めません。

    素晴らしいのはあくまで『公平な競争』です。

  4. ikamet より:

    投稿文が既得権の破壊ということに偏った視点で書かれているので誤解されてしまうかもしれないですね。
    既存の利権構造が破壊されるのは結果として生じる現象であり、TPPの本質的な目的でないのは明らかです。自由経済主義者達が、TPPが国内農業の改革を促す「契機」となることを期待しているだけに過ぎません。
    FTAやEPAはいわば世界の趨勢であり、その枠組みに乗り遅れることこそ「不公平な競争」を強いられることになるでしょう。人件費にしろ物価にしろ、高きから低きに流れていくのがグローバル化に伴う資本主義の必然であり、一時的には痛みが伴いますが、少なくとも同じ競争の土俵には立つことができます。日本だけが保護主義を取ったなら、競争力がますます低下し、モノが売れなくなるだけのことです。大企業は国外に拠点を移し、国内産業は空洞化するでしょう。また、現状維持ではどのみち国内農業に未来はありません。

  5. rityabou5 より:

    > 4.

    ikametさんへ

    「不公平な競争」の理解が食い違っていますね。では、こういう例え話をしてみましょう。

    ikamet氏と私が会社を作りました。この2つの会社が競争します。ikamet氏の会社は人件費に時給5千円支払わないといけないです。私の会社は訳あって人件費ただです。

    さて、これは公平な競争ですか?『素晴らしい技術で優れた製品を作った者の勝ち』という競争になりますか?

  6. mshino3523 より:

    戸別所得補償制度って、生活保護より沢山貰えるって本当ですか?

    >純ドメ(非国際的)制度に守られた日本の金融、報道、電子取引などのサービス、
    >投資ルール、弁護士、医師を含む労働規制や環境規制を

    そういうことなら30過ぎてパラサイトの俺も社会保険付で雇用して下さいよ!

    その甘い汁を、俺にもいくらか分けて下さいよ!

    自己責任でやれというのなら、農協も保護貿易に頼らず自己責任でやって下さいよ!

  7. ノッチ より:

    rityabou5さん、

    競争の基準は消費者が決めることであって、あなたが理想的な基準を決めたらいかんのだと思いますよ。

    仮に理想的な基準を保つとして、そのためのコストを払い続け、耐えられなくなったときに一気に基準が変わるとしたら、そのとき日本にいる企業は一体どうなってしまうのでしょう。

    後戻りできないなら、早くから体鍛えておかないと。