今こそテレワークの拡大を

松本 徹三

最近たまたま田澤由利さんという方と面談する機会があった。この方は十数年前に「ワイズスタッフ」という会社を立ち上げて以来、ずっと自らテレワーカーとして着実な仕事をしてきている方で、この分野での幅広い活動が評価され、数々の賞を受賞している著名人でもある。震災後は、BCP、社員の安全、節電などを観点からテレワークを考える企業が増えた為、方々から講演やアドバイスを求められ、大忙しのようだ。

実は、私もずっと以前からテレワークというものには人並み以上の関心があった。オフィスワークや営業が主な仕事だった事もあり、「こんな事をする為に、何で毎日満員電車に乗って都心のオフィスまで通勤して来なければならないのか」と何時も考えていたし、ICT関連の仕事が長かったこともあり、「大、中、小の会議や、日常の頻繁なホウ・レン・ソウを、何処にいてもこなせるシステム」を開発する夢を、いつも心の内に秘めていた。しかし、私が実際に出来た事と言えば、せいぜいテレワークについての自分なりの考えを喋ったり書いたりするだけで、全く実行が伴わなかった。


それに比べると、田澤さんは、初の女性総合職として入社したシャープでパソコン関連の商品企画に携わり、相応の評価を受けながらも結婚と出産の為に退職せざるを得なかったという背景を持ち、その後は3人の子供を育てながら何年も自らテレワーカーとして仕事してこられた筋金入りだ。現在はご夫君の転勤先だった北海道の北見市を本拠地として、社員12名テレワーカー約140名を擁して全国からの受注をこなしている人だけに、その言葉には重みがある。

震災を契機にテレワークを真剣に考える会社が増えたのは嬉しい事ではあるが、付け焼刃で取り組むのでは決して良い結果は生めず、かえって失望を後に残す事になりかねないのを私は危惧していたが、彼女も同じ考えだったのでホッとした。何事においても周到な準備は必要だが、テレワークは特にそうだ。テレワークによって、「通勤時間が節約できる」「会社に来られない人にも仕事をしてもらえる」というメリットがあっても、それによって生産性が落ちたり、社員の管理や評価が不適切になったり、社員の間に不公平感が生まれたりしたら元も子もない。

実は、私はずっと以前から、スマートフォンに「公私モード切替ボタン」をつけることを提唱していた。この機能があれば、「公」モードにすると、画面は全て仕事に必要なものに統一される。電話番号帳からも、メールのファイルからも、様々なアプリからも、「私的な利用」に供せられるものは一切外される。(「私」モードにセットすれば、この逆となる。)

スマートフォンが「公」モードにセットされている間は、正味の勤務時間とみなされ、時間給の対象となるし、通信費なども全て会社負担となる。その代わり、その間はプライバシーは一切ない。所在場所は上司に常に把握されているし、黙って画面を覗き見られていても、会話を聞かれていても、文句は言えない。(「それでは息が詰まる。通常の勤務時間でも、たまには個人的な無駄話もしたいし、欠伸もしたい」という人は、その都度こまめに「私」モードに切り替えればよい。)

この様なアプリは、残念ながら、未だスマートフォンでは実現出来ていない。しかし、さすがに田澤さんはここまでちゃんと考えていて、テレワーカー用の「在席管理システム-Fチェア」というものをパソコン上で既に実現しておられたので、私はとても嬉しかった。これがあれば、在宅勤務の最中に横で寝ている赤ちゃんが泣き出しても、一旦パソコンを「私」モードにして仕事を一時中断すればよいだけのことだから、何の気兼ねも要らない。

テレワークというものは、「必要に応じて一部の仕事を在宅でこなす」という発想ではなく、「ICTをフルに使って仕事の仕方を徹底的に合理化し、同じオフィスに多くの社員が集まって仕事をする必要をなくす」という考えに基づくべきだと思う。

社員のIT リテラシーが未成熟で、クラウドというコンセプトもなく、その上高速通信回線も未整備だった時代には、この様に考える事には若干無理があったが、今や機は熟している。密度の濃い映像通信にも耐えうる光回線網の拡充や、何時でも何処でも使えるスマートフォンやタブレット端末の普及は、テレワークの可能性を更に高めている。

テレワークの推進が、現在の日本が抱えている様々な問題の解決の為に大きな力となり得る事は、あらためて強調するまでもない。どのような項目が考えられるかは下記の通りだ。

少子化対策(働く母親の支援)
高齢化対策(親を介護しながら働ける環境の整備)
地域活性化(人口流出の防止、Uターン支援)
東京一極集中の解消(住宅難、通勤地獄の解消)
中小企業支援(人材の確保)
就職難の解消(地域的ミスマッチの解消)
危機管理(リスクの分散、各企業のBCP支援)
国際競争力の強化(生産性の向上とコスト削減)
エネルギー問題の解決(人の移動と集中を抑制)

国もこの様な効用を理解し、2007年には内閣府が「テレワーク人口倍増アクションプラン」を策定した。そして、これに呼応して、総務省、厚労省、国交省、経産省の4省も競って種々のプロジェクトを進めてきた。

このプランでは、2010年のテレワーカー比率を20%とすることが目標となっていた。実際に達成できたのは16.5%にとどまったから、期待通りに進んだとは言い難いわけだが、それでも、多くの人達には16.5%という数字は相当大きく見えて、「テレワーク人口は現状でもそんなに多いのか」と驚かれる向きも多いと思う。

しかし、それは、現在の「テレワーカー」の定義が相当に甘いからである。現在の定義は「週8時間以上、場所や時間にとらわれない働き方をしている人」という事であり、「会社の了解の下に、週に1日だけは自宅で仕事をするのを認められている人」は勿論、「出張先で週8時間(合計)以上仕事をする人」等も含まれている。この定義で計算しているのであれば、仮にその比率が目標の20%以上に達したとしても、「日本ではテレワークが定着し、上記のような種々の問題の解決に大きな貢献している」等とはとても言えないだろう。

本来のテレワーカーとは、「通常は場所と時間を問わずネット上で仕事をし、親睦などを目的に特定の場所に集まるのは、多くても月に数回程度」というような人達であるべきだろう。言うまでもなく、これが実現する為には、システム構築などに周到な準備がなされた上で、経営トップが相当の決断をする事が必要だ。

この際、厳しい事を言わして貰うなら、政府や担当省庁の決意も現状では全く不十分だ。掛け声をかけ、セミナーなどで啓蒙活動をするだけでは、所詮は「お茶を濁す」程度の事にしかならないのは、この事に限らず、政府が旗を振る多くのプロジェクトに共通して言えることだ。私は、国がもし本気であるなら、自らを徹底的なテレワーク組織に変貌させ、競合を気にしてなかなか思い切れない民間企業に、率先して範を示すべきだ。

具体的には、役所の全業務を徹底的に電子化する事からこそ始めるべきだ。一般市民を対象にする窓口業務などは、なかなか一気には出来ないだろうが、本省は思い切って正面玄関を閉鎖し、陳情の受付や関係者との打ち合わせ、内外の諸会議などは、全てネット上で行うようにすべきだ。こうすれば全ては記録され、必要に応じて公開する事も可能となるので、所謂「密室の中での話し合い」は不可能になる。議論からは曖昧さが排除され、全てにおいて透明性と合理性が高まるだろう。

大震災を期に、折角機運が盛り上がったのだから、この際「テレワーク」を一つのキーワードにして、官民挙げて「業務とミュニケーションの電子化」と「ネットワークオフィスの実現」に邁進し、現在の日本が直面している諸問題解決への一里塚とすべきだ。