格差の見えにくい国ニッポン

2011年11月01日 14:31

海外にいくと「日本は格差が見えにくい国だなー」と思います。

格差の存在自体については、「日本の格差なんて、他国と比べれば余程マシ」という人もいれば、「いやそれは既に幻想で、日本は他国と比べても格差の大きな国になった。」という人もいます。再配分前か後(社会保障還元後)か、どの年代、家族形態で見るか、によってもかなり状況が異なり、意見が分かれています。

でも、すくなくとも「格差の見えやすさ」については「日本は圧倒的に(格差が)見えにくい国」なのではないでしょうか。

その最大の理由は「格差と人種が結びついてない」ことでしょう。欧米だと、経済格差と肌の色に高い相関があるために、格差がビジュアルにわかりやすいです。

欧米では、ゴミ収集車の作業員、格安ファーストフードの店員、ホテルのハウスキーパーなどは、オフィス街でスーツを着て働く人や、ホテルの受付にいる人とは、明らかに“肌の色”が違います。だから「ああ、格差があるんだな」とすぐ気がつきます。

日本でもオフィスビルやホテル、新幹線車内でお掃除担当の人に会うことはあっても、宿泊客や乗客は、“格差”を意識することはあまりないですよね。けれど、もしも掃除をしている人の多くが自分と肌の色が違っていたら、その格差は圧倒的に「見えやすく」なるでしょう。

二つ目の理由として、“職業と所得が見えやすい形で関連していない”のもあります。前にどこかの市バスの運転手の年収が、800万円から1000万円と報じられていましたが、民間企業の長距離バス運転手の給与がそんなに高いとは思えず、同じ職業でも「高所得者」だったり「低所得者」だったりします。

また、スーツを着てアタッシュケースを持って街を闊歩している人が、過酷なノルマに追われる英会話教材販売員で“年収200万円で、しかも歩合給”だったりするなど、日本には、一見“颯爽としてパリッとしているワーキングプア”の人達がたくさんいます。

3つめの理由として“混ざり方”が違います。アメリカだと経済レベルによって利用する店自体が違います。一方の日本では、ワーキングプアレベルの人と年収1000万円以上の人が同じコンビニに行き、その奥さんは同じスーパーで夕食の買い物します。そして、どっちの子供も学校帰りにマクドナルドに行くわけです。

アメリカに留学している時は貧乏学生だったちきりんですが、それでもマクドナルドにはほとんど行く気になれませんでした。(NYなど観光客の多い大都市のマクドナルドは例外です。)

それは味の好き嫌いの問題ではなく、雰囲気や客層、周囲の街の様子からして「あなたが行くべきところではありません」的な臭いがプンプンしていたからです。利用する店、生活エリア自体が、収入層によって分離してしまっていると強く感じました。

最後に、親子の関係も日本の格差を見えにくくしている理由でしょう。

英米だと親が成人した子供を養わないので、若年層が失業するとホームレスになってしまいます。実際、日本でも親が助けてくれない若者は、ネットカフェで寝泊まりし半ホームレスにならざるをえません。でも日本では親が同居させてくれる場合も多いので、その分は若者の貧困層が街で顕在化しません。

彼らは親の家に住んでいるので、少なくとも飢え死はしないし、路上で寝たりもしないし、コンビニ強盗にもならない。「見えない貧困者」として隠れてしまいます。「余裕のある親が貧困の子供を抱え込んでいる」というのも、日本の格差を見えにくくしている理由のひとつでしょう。

というわけでいくつかの理由により、日本はとても格差が見えにくい国です。なので、(今の日本の格差レベルにはいろいろ議論があるんでしょうが)、日本で格差が「見えやすくなった時」には、突然“あっと驚くレベル”になっているかもしれないとは思います。

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