蔓延する「現状を変えたくない病」

山田 肇

デジタル教科書に関するシンポジウムの開催について案内記事をアップした。11月16日にはコンテンツ、デバイス、ネットワークそれぞれのあり方について議論することになっている。準備のために意見交換しているうちに、もう一つ重要な論点があると気付いた。検定制度のあり方である。

デジタル教科書はネット上の情報と連動する。ネットには最新の情報までアップできるので、アフリカに新しい独立国が生まれた、大震災によって原子力発電所のエネルギー政策上の位置付けが揺らいでいる、といった刻々変わる社会情勢を教育に反映できる。しかし、これは検定制度にそぐわない。初等・中等教育では文部科学大臣の検定を経た教科書を使用しなければならないのだが、検定の周期はおおむね4年ごとで頻繁な更新は想定外だ。

いろいろ考えるうちに、これこそ文部科学省がデジタル教科書の普及に踏み出せない理由という気がしてきた。シンポジウムでは、この問題についても鈴木寛前文部科学副大臣にぶつけてみたい。

韓国は6月末に『スマート教育戦略』を発表した。戦略には「デジタル教科書の開発および適用のための関連法および制度の整備」という項目があり、「教科用図書としてのデジタル教科書の法的地位の確保、および教科用図書の審議規定の改定」を検討することになっている。韓国は、「社会・経済的な変化による新しい社会的な需要が発生」しているとして、「デジタル融複合環境の持続的な発展」と「情報技術を活用した創意的な学習社会への加速化」に動き出している。一方、我が国の文部科学省は検定制度という「現状を変えたくない病」にかかっている。


電波オークションの合理性について繰り返し記事を書いてきたが、一向に進まないのは電波部に「現状を変えたくない病」があるからだ。TPP反対派の農協や医師会も、池田信夫氏の記事にあるように「現状を変えたくない病」の患者である。

新しい制度の問題点を声高に論じる患者たちには、現状を変えないことが明るい未来につながることを説明する義務がある。情報社会の中で生きることになる若い世代の教育方法として、静的な紙の教科書を使い続けることがどうして有効なのか。電波部が電波の利用方法について全権を持つことは、我が国電波産業の国際競争力にどう寄与するのか。農協や医師会は日本の農業や医療の将来像をどのように描いているのか。

将来像を提起するということが、「現状を変えたくない病」の患者たちには決定的に不足している。

山田肇 - 東洋大学経済学部