段階的消費税引き上げは貯蓄課税の性質をもつ

小黒 一正

池田氏生島氏の記事を中心に、消費税の段階的増税の議論がアゴラで盛り上がってきた。この議論の背後には「消費税の段階的引き上げは貯蓄課税と同等の効果をもつ」という性質がある。

この性質は直感的には自明であるが、重要な性質であることから、補足としてそのメカニズムを簡潔に説明する(注:少々数式が登場するがご容赦を)。このメカニズムは拙著『2020年、日本が破綻する日』でも概説しているが、この理解を深めるには、現役期と老齢期の2期間を生きる、ある個人を想定するとよい。


この個人は、現役期に賃金(W)を稼ぎ、その一部を現役期に消費(C1)し、残りを老後のため貯蓄(S)する。そして、老後は、その貯蓄と利息をベースに老齢期の消費(C2)をする。このとき、現役期の消費税率をt1、老齢期の消費税率をt2、金利をrとすると、以下の関係式が成り立つ。


 現役期: (1+t1)C1+S=W  …*1
 老齢期: (1+t2)C2=(1+r)S  … *2

この*1式は、現役期の消費(C1)と支払った消費税(t1×C1)、老後のための貯蓄(S)の合計が、現役期に稼ぐ賃金(W)に等しいことを表す。また、*2式は、老齢期の消費(C2)と支払った消費税(t2×C2))の合計が、貯蓄(S)と利息(r×S)の合計に等しいことを表している。

ところで、いま、*1式をSについて解き直して(S=W-(1+t1)C1)、*2式のSに代入すると以下を得る。


 生涯予算制約: (1+t1)C1+(1+t2)C2/(1+r)=W …*3

この*3式は個人の生涯予算制約を表し、生涯賃金(W)をベースに、消費税込みで、現役期の消費((1+t1)C1)と老齢期の消費の現在価値((1+t2)C2/(1+r))を賄うことを意味する。

いま、この式の消費税率が現役期と老齢期で異なるケースを考えてみよう。その際、*3式の両辺を(1+t1)で割り、その一部を[(1+t1)/ (1+t2)](1+r)≡1+(1-m1)r、1/(1+t1)≡(1-m2)に置換すると以下を得る。なお、この置換で登場する記号m1とm2の意味は直ぐに説明する。


生涯予算制約: C1+C2/[1+(1-m1)r]=(1-m2)W …*4

この*4式は*3式を変形のみで、*3式と全く同等な式である。しかし、*4式は*3式とは異なった解釈ができる。*4式は、賃金税(m2)で課税した後の手取り賃金((1-m2)W)をベースに、現役期の消費(C1)と老齢期の消費の現在価値(C2/[1+(1-m1)r])を賄うとみることができる。

また、*3式と*4式の左辺第2項の分母に注目すると、金利(r)は、貯蓄課税(m1)後の利回り((1-m1)r)に置き換わっている。

つまり、*3式の消費税の組合せは、*4式の賃金税と貯蓄課税の組合せと同等となる。しかも、貯蓄課税(m1)の定義は[(1+t1)/ (1+t2)](1+r)≡1+(1-m1)rであったから、段階的に消費増税(t1<t2)を行うケースでは、m1は正の値をとる。他方で、一度に消費増税(t1=t2)を行うケースでは、貯蓄課税(m1)はゼロとなる。

なお、貯蓄課税(m1)は以下のように表現できる。


m1≡1-([(1+t1)/ (1+t2)](1+r)-1)/r …*5

例えば、*5式で、現役期の消費税率t1=5%、引退期の消費税率t2=6%、年利1%・30年分の金利r=34.8%とすると、簡単な計算から、貯蓄課税m1=3.7%を得る。同様の設定で、引退期の消費税率t2=10%では、貯蓄課税m1=17.6%である。

以上のとおり、段階的な消費増税は貯蓄に対して課税を行うのと同等となる。

(一橋大学経済研究所准教授 小黒一正)