「自炊」代行訴訟で作家側が「実質勝訴」して問題は決着したのか?

山口 巌

朝日新聞の伝える所では、電子書籍の「自炊」代行訴訟、作家側が「実質勝訴」との事である。これで、この問題は決着と考えて良いのであろうか?

「書籍を裁断・スキャンして電子化する『自炊』の代行は違法」として代行業者2社に差し止めを求めていた作家・漫画家ら7人は22日、うち1社について「業者の解散が確認できたため実質的な勝訴が決まった」として、訴訟を取り下げると発表した。 発表によると、この業者は1月末でスキャン事業を廃止すると述べ、今月15日に会社の解散を登記した。もう1社は既に原告の請求を認め、代行業務をやめると明らかにしていた。浅田次郎さん、林真理子さんら原告7人は「実質的勝訴は当然の結果と受け止めている。スキャン事業の皆さんには、著者の許諾なく大量スキャン事業はおこなえないという訴訟の結果をご理解いただき、善処をお願いします」とコメントを出した。

作家達の訴訟を受け、一社は早々と「自炊」代行からの撤退宣言を行い、残る一社も今月15日に会社の解散をしてしまった。勝ち目のない裁判で、高額な弁護士費用をかけての係争を忌避し、さっさと降りてしまった訳である。賢明な選択と思う。

確かに「自炊」代行が一般的になれば、当然の結果としてスキャンデーターの使い回しが常態化し、持ち込まれた新刊書が裁断されないままに、大量に中古本市場に流入する事になる。出版社や作家が早い内に芽を摘もうと思って動いた事は理解出来る。

しかしながら、私はこんな事で問題が解決されるとは全く思わない。

その理由の第一は、「自炊」代行業者が消滅しても、「自炊」代行の需要は相変わらず存在し、もっと正確に言えばタブレットPCの更なる普及は間違いなく、需要は確実に増加するという予測である。

私は都内からかなり距離のある、新興住宅地横浜市都筑区(センター北)に住んでいるが、こんな田舎でも最近建築のマンションは2LDKのコンパクトなものですら五千万円程度と聞いた。これでは、普通の人間が書庫はおろか、書斎すら持つのは難しい。

今一つの理由は、アメリカの禁酒法が結果、マフィアに多大な利益をもたらした様に、会社登記を行い、きちんと税務署に対し申告納税を行う、正規の企業が退場して出来た穴は、間違いなく「闇」の業者に依って埋められる事である。

「自炊」代行が地上から地下の「闇経済」に潜る事になる。結果、作家達の心配したスキャンデーターの取り扱いは、遥かに無規律で悪質なものになるのではないか?

誤解されては困るが、私は何も今回の「自炊」代行訴訟が不適切であると非難したい訳ではない。期待した効果を得る事が出来ない。いや寧ろ逆効果になると言っているのである。

本好きな読者が、本の置き場に困っていると言う現実に向き合い、寄り添う気持ちが大事なのである。

「自炊」代行が地下の「闇経済」へ移行するのを回避する為、出版社が本の持ち込みを条件に「デジタルデーター」を廉価で販売してはどうだろうか?

本の持ち込み受け付けは郵便局に委託し、例えば郵便局は郵便貯金の口座所持を条件にすれば口座が増やせるメリットがありそうでだ。勿論、出版社から手数料も受け取れば良い。

一方、大量に集まる古本の処理は「地区」や「学校」の図書館に寄付してはどうだろうか?例えば、財務省が新刊書価格の20%の損金処理を出版社に認めれば、「節税効果」が期待され出版社も前向きに検討すると思う。

権利者、ユーザー双方の「利益」、「権利」そして「利便性」をどう守って行くのか、今少し検討と議論が必要である。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役