ルイセンコの教訓

池田 信夫

トロフィム・ルイセンコというソ連の生物学者を知っている人はもう少ないだろうが、かつては「社会主義の英雄」だった。彼は「獲得形質も遺伝する」という説を主張し、これがスターリンの主張した「弁証法的唯物論」に適合する学説として賞賛され、ソ連の科学界に君臨したが、スターリンの失脚とともに没落した。

人文科学でも、自分の考えを曲げても党派に奉仕するか、原則論を貫くかという知識人の党派性は、左翼の重要なテーマだった。「党が個人に優先する」というレーニン主義では前者が政治的に正しいとされ、ショスタコーヴィチもエイゼンシュテインもルカーチも、党の「批判」に従って「政治的に正しい」作品を書いたが、その結果は無残なものだった。


現代にも、ルイセンコはいるらしい。高橋洋一氏は、国会の公述人として「財政再建の必要性が乏しい」と主張し、おまけに「日本国債のCDSスプレッドは1%だから財政破綻はない」という「背理法」を語って、投資家のブログで「それじゃ2009年にCDSが1%だったギリシャも破綻しないんですね」と嘲笑されている。

ところが高橋氏は、財務省の職員(兼RIETI)だった2004年にはこう述べている。

フロー面では、財政の約半分を借金で賄うというのは正常じゃない。さらにストック面でも、日本の国債残高の対GDP比は諸外国に例を見ないほど高いという状況です。日本の歴史においても、第二次世界大戦直後を除き、平時ではもっとも高いレベルになっています。これは、どう考えても普通ではありません。

この時期の彼の意見はごく常識的だったが、不祥事で大学をクビになり、政策コンサルタントとしてみんなの党の下請けになってから、党の方針を正当化する牽強付会な議論が目立つようになった。彼が「みんなの党が政権をとれば日本はよくなるのだから嘘も方便だ」と思っているとすれば、ルイセンコの教訓を思い出してほしい。たとえ目的が(主観的に)正しくても、大衆をだますことによってまともな政権が生まれた試しはない。