日本における金融緩和は「猫に小判」である --- 浜崎 松市

2013年02月20日 16:42

僕はただの個人投資家であって、経済における専門的な教育を受けてはいないし、金融現場で専門職として働いたこともない。従って、多くの方が語る経済論を――数式を伴ったようなものだ――ここに記すことは不可能である。そういった知識を持ち合わせてはいないのだ。

僕がやってきたのは、株、債券、為替に対する投資である。相当額の資金を用い始めたのは数年前だったろうか。手法はほぼひとつ、日本売りである。増え続ける債務残高、急速な少子高齢化、混乱する政治などを目にしたとき、そこに未来があるようには思えなかった。


ならば日本を売ってみようと思ったわけである。率直に言えば、僕にとって投資はただのギャンブルにすぎない。本職で安定した収入、しかも世間の多くが得られない額を手にしている僕には、なんらかのリスクが必要だったのだ。

投資はまた、世界を知る手段でもあった。金融市場とは海のようなもので、風向き、天候、潮の流れを把握していないと、船はあっという間に座礁してしまう。実際の投資行動こそ、経済を学ぶための、もっとも実践的な手段となった。

さて、アベノミクスである。

アゴラでは評判はよくないし、そういう場に投稿するのは自らに都合のいい場を選んでいるようで憚られるのだが、他に適当な場もないので仕方ない。

僕もまた、アベノミクス批判派である。あくまでも個人投資家としての経験則とはいえ、金融緩和自体は悪くないものの、この時期の日本にとって適切かといえば話は違ってくる。金融緩和が効果を発するには、あふれたマネーに行き先がなければならない。

それは意欲的な企業家や起業家であり、大胆な投資家であり、チャレンジを許容する社会と言ってもいい。ヒト、モノ、カネの流動性が担保されていれば、マネーは活躍の場を得ることになる。

読者に問おう。はたして日本は、それらを担保し、許容する社会であろうか。

答えを書くのは面倒だが、問うた以上、書かねばなるまい。新卒でなければ正規職に就けず、正規と非正規の壁は恐ろしく高い。再チャレンジは事実上、不可能だ。一度でもレールから外れてしまえば、元に戻ることはできない。女性の労働力は抑圧されている。多くの若者は保守的で、財閥系企業や公的部門を目指している。起業は低調である。彼らに投資するインキュベータも不足している。

総じて、日本社会は閉鎖的であり、ヒト、モノ、カネの流動性に欠けている(国民全員が阻害していると言ってもいい)。こういった国において、マネーをばらまいたところで、ただ死蔵されるだけである。乱暴なタイトルどおり、猫に小判なのだ。

アベノミクスは失敗するだろう。日本売りを続けている僕に、多大な利益をもたらしてくれるはずだ。実に悲しい話である。

浜崎松市(ハマザキ マサイチ)
浜崎デザイン事務所
代表取締役

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