アベノミクスによって、経済に明るい雰囲気が生まれたことは大いに歓迎したいところです。日本がまずは克服すべきであったマインド・デフレが解かれ、ビジネス活動の活性化にむけた積極的な取り組みが、さまざまな分野で生まれてくることを期待したいものです。しかし、円安・株高によってもたらされた一時的な効果を、さらにしっかりとした日本経済の活性化につなげていくためには、焦点は日本の産業の構造転換や体質転換、また経営マインドの転換につなげていけるかどうかにあると思います。その点は、積極的な金融緩和を求める人たちも、そのリスクを恐れる人たちも意見はほとんど変わりません。そのひとつの切り口として雇用の流動化がひとつのテーマになってきています。今は解雇規制の緩和が議論されていますが、なにかストライクゾーンの議論ではないように感じています。
以前、雇用の流動化については、それが必然であり、今後ますます現実に起こってくることだと書いた際に、40歳を超えると転職もできないのが現実だというコメントを頂いたことがあります。しかし、解雇規制が緩やかな海外でむしろ問題になってきているのは、そういった中高年の失業ではなく、むしろ若い世代の失業が増加したことです。むしろ日本では、なぜ即戦力としての中高年層に雇用のニーズがないのか、あるいは転職できないのかのほうが問題としては深刻です。
結論からいうと、雇用の流動化についてはそれは結果であって、雇用の流動化を促すのは解雇規制の緩和とは別の話だと感じるのです。
雇用の流動化のニーズが生まれるのは、ふたつの流れが生まれた時です。ひとつは、新しい企業が生まれそのなかで企業がどんどん成長していくことです。それはただちに人材不足になってきます。こちらのほうに異論を挟む人はないと思います。
もうひとつは、今ある企業がビジネスの変革に取り組み、新しい市場を開拓しようとする、あるいは開発戦略やマーケティング戦略を転換、あるいは進化させようとするときです。社内人材の持っている知識やスキルでは不十分で、外部から新しい人材を導入し、新しい能力を獲得することが必要になってきます。アイリスオーヤマが、経営不振にあえぐ電機メーカー大手の技術系の退職者や転職希望者を採用して、開発センターを設立する動きなどが典型です。いやもっといえば、サムスンに代表される韓国のメーカーはそれを戦略的に行なってきたのです。鴻海が資本を入れたシャープの堺工場に乗り込んできたのが、元々はSONYの営業畑を歩んできて鴻海に転職した日本人だったという話もありました。
つまり、これらはいずれにしても、経営の問題だということです。今日のデジタル化やグローバル化、それによって大きく変わってきたビジネスの環境のなかでは、経営リスクが高まってきており、市場変化の読みの失敗や戦略ミスが命取りになることを家電メーカーが示しましたが、ビジネスの現場力よりも経営力が問われる時代です。
いくら現場が、高いスキルをもち、真面目で、献身的に働いたとしても、いやそれだらなおさら、「間違った戦略を正しく実行する」ことほど怖いものはありません。
しかも、現在、日本の競争力で欠けているのは『技術開発力』ではなく、『ビジネスを変える力』や『新しい市場を創造する力』のほうなので、それは現場だけから生まれてくるものではなく、トップ・マネジメントやミドル・マネジメントの力量に負うところが大きいのです。
企業が大きく変わっていくためには、社員を変えるよりは、経営者や管理職を変えることのほうが有効なことは誰しもわかることだと思います。
しかし、日本の場合は、スモールビジネスで失敗すれば企業そのものが市場から淘汰されてしまいますが、大企業の場合は経営が失敗しても、よほど世論や外部からの圧力がないかぎり、なかなか経営者は退出しません。
日本の経営者のなかにも素晴らしい経営能力をもった方はいらっしゃいますが、多くは創業者です。大企業の場合は、社内から選抜されてくるために、高い社内調整能力はあっても、企業戦略を構想したり、あるいは高い変革力を発揮するリーダーシップをもった経営者は決して多くはないように感じます。
その原因は、経営者にしても、管理職にしても社内からの生え抜きという狭い範囲からの調達に限られ、広く外部から経営者や管理職の人材を導入する仕組みや組織の文化を持っていないからでしょう。
大阪の船場の商家が、長く繁栄し存続できたひとつの原因に、かならず娘に有能な婿をとらせ、息子には継がせないという知恵があったことだと言います。女系を守ることで、有能な人材を経営者として確保してきたのです。
産業の新陳代謝や新しいビジネスの創造力が日本の成長戦略にとってもっとも重要です。それがあってこそ日本の高い「ものづくり」の能力も活かせるのです。強い日本を取り戻そうとすれば、ビジネスを生み出す、市場を生み出すパワーを取り戻すことでしょう。市場やビジネスを知らない官僚が狭い知識で描く成長戦略では限界が目に見えています。
産業という視点から言えばそうなりますが、働く人たちにとっては、雇用の流動化に備えることでしょう。欧米では大企業に務めたいという人は日本と比べ圧倒的に少ないといいます。なぜなら不況期に大企業に務めていると、ある日突然レイオフされるということを経験したからだといいます。それなら経営の状態を肌身で感じ、また見える小さな企業のほうが、転職のタイミングもわかるからだそうで、自らを守る知恵です。
沈みゆく泥船にしがみつくよりも、転職できる能力やスキルを磨くほうが安全という時代になっていくことは時代の必然ではないでしょうか。
若い世代の人たちには、入社した時から、いつでも転職できる自らの「商品価値」を高める意識を持つことをオススメします。就職した企業はそのための千載一遇の修業の場だと割り切るぐらいがいいのではないでしょうか。