書評:『イノベーション・オブ・ライフ』は自己啓発本ではない --- 中村 伊知哉

2013年06月17日 10:50

クレイトン・M・クリステンセン、ジェームス・アルワース、カレン・ディロン著『イノベーション・オブ・ライフ』。

ハーバード・ビジネススクールの看板教授、「イノベーションのジレンマ」の著者による最終講義だそうです。ハーバード・ビジネススクール卒業生の多くが陥る不幸や苦悩に端を発して、家族のこと、友人のことをはじめ、人生の設計や戦略はどうあるべきかを語ります。企業を対象とする理論を、人生にも当てはめるというものです。いろんなレビューでチョー高評価。べたほめです。大病を患い、過酷な試練を経た教授の言葉の数々。先生のファンが聞けば、最終講義であることの感激もあいまって、沁みるのでしょう。


でもね。
「自分を犠牲にしてでも幸せにしてあげる価値があると思える人を探す」
「子どもは学ぶ時期が来れば学ぶ」
「自分のなりたい自分を考える」
いやいや。

教育論としても、人生訓としても刮目する点は感じず、先生には申し訳ないが、ぼくは流行の自己啓発本の棚に置いてしまいそう。高評価レビューを見ていると、ぼくのライフがイノベーティブじゃないということか、と自分の感受性が低いことを責めそうになってしまうのが、いけませんや。

計画性のある「意図的」戦略と、偶然を活かす「創発的」戦略とが語られます。クリステンセン教授は、編集者になることを意図的に目指し、起業し、創発的に教授になった。それ以後、教授職を意図的戦略に変えていったんだそうです。

なるほど。でも、そんなもんだと思うんです。ぼくはロックミュージシャンを目指し、挫折して官僚になり、それも創発的に飛び出していま教授を名乗っておりますが、だからといって、人さまに語る人生理論はございません。単に、音楽やら法案やらプロジェクトやらを行き当たりバッタリ創り続けているだけのことでして。

年とってきたんで、人生訓を求められたり、婚礼のスピーチでそれっぽいことを期待されたりもするのですが、人生の秘訣だとか円満のコツだとか、どうにも気恥ずかしく、話すのはむろん、聞くのも苦手なので、いけませんや。

この書物の持ち味は、そうではなくて、やはり教授の本業にあります。人生訓に転換される前に披露される、さまざまなビジネス・ケースの分析。これがすこぶる面白い。個人的に。

いくつか挙げてみましょう。

ディズニーランド・パリの失敗。

他のディズニーランドの例をコピーし、お客さまは平均3日の滞在、という仮定でビジネスプランを立てたことが敗因という。
– – – ぼくは開業間もない90年代前半にパリに赴任し、その債権者会議によく出席していました。バブルの日本資金が開業に大きく貢献したのですが、当初、目論見が大きく外れ、日本の銀行団がしょっちゅう対応策を検討していたのです。ぼくは30歳過ぎでしたがパリで郵貯・簡保の外債運用に携わっていて、フランスの大蔵次官に会える立場だったので、そういうヤバいミーティングにもちょこんと座っていました。
周りのホテルも日本のカネで建ててしまった損がデカいとか、フランス人が電話かけても英語で出るのが不人気だとか、冬が寒すぎて人が来ないとか、日本のエリート銀行員たちからトホホな話をたくさん聞きました。

ホンダ・アメリカの成功と失敗。
大型バイクを意図的戦略として売ろうとしたが失敗、スーパーカブが創発的に成功したという話。
– – – ぼくのおじがですね、むかしホンダ・アメリカの社長をしてまして。失敗した方を担当してたのか、成功した方なのかは知りませんが。
そのおじは帰国し引退した後、貿易商となり、レーズンバターに着想を得て、レーズン豆腐を創ると言いだし、干しぶどうをたくさん輸入したのですが、あのビジネスはどうなったでしょう。創発的に失敗したかな。

デルがエイスースへアウトソースした結果、エイスースがノウハウを吸収し、ひとりでできるもん、になったこと。
ネットフリックスがブロックバスターの逆のビジネスモデルで立ち上がったこと。
ブロックバスター、USスチールが総費用より限界費用を重視して新興企業にやられたこと。
ピクサーが監督にアイディアを渡して制作させるのではなく監督自身のアイディアを磨かせる企業文化であること。
イリジウムが500gの端末で失敗したこと。
インテルのアンディ・グローブが低価格プロセッサでローエンド市場に参入したこと。

どれも面白い。

教授の人生訓に沁みるわ~となるか、ビジネス事例をピックアップして企業戦略を考えるか、どちらでもいいと思いますが、どちらもというのは、欲張り過ぎな読者である。ってコトですかね。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年6月17日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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