誤解多い「知っているつもり」の日露戦争 --- 板谷 敏彦

2013年06月19日 11:46

アゴラの掲載記事「『坂の下の谷』借金を踏み倒す国家」において新清士氏が、拙著『日露戦争、資金調達の戦い』(新潮選書)をご紹介してくださいました。ありがとうございます。

ただ、引用してくださったのが「戦後、国債の支払いに相当苦労したことが紹介されている。」ということで、拙著で言えばエピローグの部分だけであって、ページ数でみても全体に対して一番最後の部分のわずか1%にしか過ぎません。


すでに拙著も発売から一年半、もはや売らんがための宣伝にはならないだろう、ということで、ここにあらためて紹介させていただければと思います。

日露戦争の資金調達関連の話で身近なところではNHKの『坂の上の雲』で西田敏行が高橋是清を演じていました。そこにはユダヤ人、ヤコブ・シフが登場していましたが、秘密めいて陰気で守銭奴をイメージさせる俳優が割り当てられていました。さしずめ『ベニスの商人』に登場する悪役でユダヤ人金貸しのシャイロックのイメージといったところでしょう。

この時代の多くの小説の一次資料となっている『高橋是清自伝』では、日本が資金調達に困っていたときに偶然パーティーで隣り合ったユダヤ人ヤコブ・シフが日本公債の半分を引き受けてくれたことになっています。この部分を金融に詳しくない作家や歴史家は、「引き受ける」という言葉を「個人的に金を貸す」ことと同じように誤解してしまいます。あたかも資産家のユダヤ人が個人的に日本にお金を貸した。何故ならロシア国内のユダヤ人迫害に憤慨していたからだと。

ところがヤコブ・シフというのは米国投資銀行クーン・ローブ商会の実質的な社主で、この会社は当時のアメリカでは中央銀行の役割をしていたとまでいわれるJPモルガン商会と米国金融界を二分する超大手投資銀行だったのです。今で言えばゴールドマンみたいなもので、シフはシャイロックとは全く正反対の映画スターのような立派な容姿であって、行く先々でマスコミに追われるような大スターだったのです。

もうこの辺りから、日独伊三国同盟時代に培われたのでしょうけれども、日本人のユダヤ人観というか、誤解がとても多いのです。シフは外国公債の引き受けビジネスをしていたのであって、日本に対して個人的に資金を出したのではありません。これはロンドンやニューヨークにおける日本国債の公募案件なので、投資銀行のプレースメント能力もさることながら欧米諸国の一般大衆に対する日本帝国の人気が日露戦争の軍資金集めのすべてを支配していたのです。

こうしたことを説明するために拙著では全体の25%を当時の金本位制や、各国GDPの比較(ロシアは国力で10倍の敵だったが日露戦争では之に勝てた、今回も大丈夫だと第二次世界大戦では対米戦の宣伝に使われました。

しかし実際は三倍であって、極東に派兵できる兵力はその三分の一として日本とほぼ互角。児玉源太郎始め当時の陸軍は計算していたと思います)、そしてアメリカでのモルガン商会とクーン・ローブ商会の戦いである、「ノーザン・パシフィック鉄道事件」に費やしています。これはもちろんシフのイメージを変えてもらうためです。

その他にも「血の日曜日事件」以降、ロシアはファイナンスができなくなってしまいます。たとえ現状の利回りが低いからと言って、資金調達の道は突然断たれてしまいます。決してリニアな関係ではないのです。

また、日露戦争中に国民が一方的に国家にだまされていたような分析もありますが、株価をみる限り、国民はしたたかな一面も持っています。その他にも勝ち馬に乗りたがる当時の金融業者、それと結びついた国家など現代へのインプリケーションを満載したつもりです。

これまで講演会に何度か呼ばれましたが、出席者の半分が『坂の上の雲』を読んでいるから大丈夫とお考えになって、拙著を読まずに參加されていました。我田引水になりますが、その時の経験ではこれほど読む、読まない、の差が大きい本も珍しいと思います。何故なら「知らない」のではなく日露戦争に興味のある人は「知っているつもり」だからです。

お酒の席で、酔って『坂の上の雲』の話を延々と語る世代も既に引退されたかと思います。もはや接待芸としては用がなくなった日露戦争豆知識も、金融の仕組みを学ぶ意味では非常に貴重な歴史的事件なのです。是非ご覧になって下さい。

板谷 敏彦
作家

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