予想どおり朝日新聞が麻生発言を鬼の首でも取ったように騒いでいるが、また慰安婦騒動の二の舞にならないように、麻生氏の間違いを指摘しておきたい。彼のスピーチはこう始まっている。
僕は今、(憲法改正案の発議要件の衆参)3分の2(議席)という話がよく出ていますが、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。
この基本的な認識が間違っている。ナチスは普通の選挙では、一度も議会の2/3をとったことがない。過半数もとれないまま、議会の混乱に乗じて首相に指名されたのだ。
第一次大戦後のドイツは、敗戦を受けて社民党を中心とする三派連合と共産党の内戦状態が続き、巨額の賠償でハイパーインフレが起こり、社会不安は極致に達していた。1930年代に入ってからは議会が首相を選出できなくなり、大統領が首相を指名する「大統領内閣」が続いていた。
すでに三派連合を中心とするワイマール体制は機能停止し、それに代わる体制が必要とされていた。保守派は帝政を復活させようとし、共産党などの左派は革命を実行しようとし、ヒトラーはこの対立に乗じて大統領の指名を受けて首相になり、国会議事堂放火事件などを利用して全権委任法で憲法を換骨奪胎したのだ。これを「あの手口学んだらどうかね」というのは、知らなかったではすまない。
この発言のあとには、録音では聴衆の笑いが入っているので、「あの手口」は冗談だろうが、そのあと「わーわー騒がないで。本当に、みんないい憲法と、みんな納得して、あの憲法変わっているからね」と言っている。「あの憲法」とはワイマール憲法のことだと思われるが、「みんな納得して」変わったものではないことは前述の通りだ。
このように麻生氏は1930年代のドイツの歴史を根本的に勘違いして引き合いに出しているので、何をいっているのかわからない。失言といえば失言だが、単なる与太話で、政治的な意味はない。ただナチスが「みんな納得して」政権をとったと思っているような政治家がナンバー2で財務相になっているのは、政権としていかがなものか。今度の改造で、せめて標準的な知能の持ち主に交替したほうがいいのではないか。
ワイマール憲法の失敗から学ぶべきことは、法律がいかに整っていても、国内の政治情勢がグダグダで誰もその法律を守らないと、政治は機能しないということだ。この点で法より「空気」が優先する日本にも同様の危険がある。かつての日本でも、最高意思決定機関であるはずの御前会議で可決しないまま、日米開戦に踏み切った。
法治国家で大事なのは、法律の条文よりも、それを尊重してルールにもとづいて行動することだ。現在の日本も、2年前に民主党政権が法にもとづかないで原発を止めて以来、違法状態が続いている。何の許認可権もない新潟県知事が「再稼働申請を認めない」などとヒトラーみたいなことを言っているのは論外だ。
民主党政権は素人で法律もよく知らなかったからしょうがないとしても、自民党は法にのっとって定期検査の終わった原発の運転を再開すべきだ。それを阻止したい人は、運転差し止めの仮処分申請をすればよい。これは原子力規制委員会の安全審査(新設する設備の審査)とはまったく別の問題である。