サービス残業強制がブラック企業なら、日本は立派な「ブラック国家」

北村 隆司

落語にある読み書きの出来ない人の為の「代書屋」や朝鮮戦争が終わり帰国する米兵に送る英文のラブレターを代筆する業者が並んでいた渋谷の「恋文横丁」がなくなった今の日本で、代書屋が繁盛していると聞けば驚く人も多いに違いない。

ところがどっこい、行政官庁への書類の代筆業である「行政書士」や「社会保険労務士」は大もてで、資格試験の合格率が夫々5%、15%の難関だと言う。


法律や規則の解釈を業とする弁護士、弁理士、公認会計士等は国際的に普遍性のある資格だが、法令遵守に必要な書類の書き込み専門の代書屋になるのに、これだけ厳しい試験を通る必要がある先進国など聞いた事がない。

これも、自慢にならない「ジャパン・オンリー」の一つである。

米国と違い本人出頭が多い日本のお役所仕事の為の、国民、特に海外在住の人々の時間的、費用的な負担は尋常ではない。

従業員を只働きさせる企業が「ブラック企業」なら、国民や企業の只働きを前提とする行政は「ブラック政府」そのものである。

最近『風立ちぬ』を巡って話題になった喫煙被害の中でも医療費被害は、タバコ会社が自治体に37兆円に近い賠償を支払う事で和解したが、つい最近、米国の国立疾病管理予防センターが発表した統計では、従業員の18%を占める喫煙者が職場を離れて喫煙する事で低下する生産性は年間一人平均30万円に上り、医療費負担の25万円を上回る損害を企業に与えていると言う。

喫煙と異なり、国民や企業の全体が対象となる日本の複雑な遵法手続きに費やす時間や費用の合計は馬鹿にならない額に上る筈で、政府にサービス残業費を請求したらどうだろう。

以前の記事でも簡単に触れた事があるが、重病の父親に先立ち母親を失った友人が色々な手続きを終えて米国に戻った後で、日本の手続きの馬鹿らしさ加減をこんな感想に纏めて呉れたので引用してみたい。

必要とした書類の数々は、
銀行・生命保険関係
1)母の出生から死亡までの戸籍謄本(原=ハラ戸籍)- 本籍地・現住所が異なる為、愛知と滋賀にある自治体の夫々の市役所より取寄せ。
2)父に代わって手続きする為、小生の戸籍謄本、住民票、印鑑証明(小生は非居住者にて、住民票・印鑑証明取れないので、一時的に入居手続き)
3)各生命保険会社の所定の死亡診断書 - 病院にて医師が記入(一枚3000-4000円)
4)相続人の全てが分かる謄本と印鑑証明 - 小生の場合は、父と小生の戸籍謄本・父の印鑑証明
5)銀行・保険会社の所定の相続関係図、法定相続に従わない場合には、相続人全員の合意、自筆署名・捺印・印鑑証明。

不動産登記(地方法務局)関係
1)上記(1)(2)(4)に加え、母の除籍証明
2)登記人名義変更の申請書・収入印紙(不動産価格の0.4%)
3)現行不動産価格の証明(固定資産税の評価基準額)
4)上記(5)同様に、分割相続協議書

母の場合、銀行・農協・郵便局・生命保険数社に登記所で、合計10枚強の戸籍謄本(一枚500円から700円で、2都市から取得ゆえその倍)、小生・父の謄本・印鑑証明の同数、死亡診断書・登記収入印紙、等で書類揃えるだけで、7万円程コスト掛かりました。

専門家に依頼すれば全てやってくれる様ですが、銀行・役所の手続きを勉強する良い機会だと考え、皆自分で処理しましたが、一人息子で、母も離婚暦無く養子縁組等の戸籍上の複雑な事も無かった為、比較的簡単? に終わりましたが、そうで無ければ、相続人の署名・捺印を揃えるだけでも大変な苦労です。

他方、日本の銀行で、上記の如く多くの書類を要求する一方で、小生が父の預金通帳と印鑑を持参して、現金150万円を引出そうとしたら、小生の写真ID提示等の本人確認は何もなく、数分で、現金が引出せました。

又、郵便局の貯金・保険は、更に事細かく、病気の父にも自筆で同意書に署名、民間銀行・保険会社以上に追加書類が多く、是で民営化が進むのか? と危惧します。

一方、農協の方は非常に融通が利いて、書類に不備が有れば、手直ししてくれる有様で(恐らく、田舎農家の老夫婦等で、これ等の書類に記入できない老人が多い)、個人情報の厳守などルールがあるのか逆に心配になりました。 

登記所では、役人が見下した様な対応で、書類のあら捜し。時間を掛けて漸く揃えた母の謄本(3代前祖先・明治中期からの戸籍10ページ)に一部連続性が無いと指摘(昭和時代の戸籍法改正で筆書きの戸籍原本からComputer書きに分筆・転記)され、小職も頭に来て、戸籍は、千数百年前に中国から持込まれた物で、租庸調の時代から何度改定が有ったのか知らないが、と食って掛りましたが、話に成りません。

又、住所変更で、米国転居前の住所の番地が小生戸籍に転記されて居ないので、間違いない事を「上申書」として書けと言うので、役所は「お上」では無く公僕で有り、「下申書」でご説明ください、という態度が必要ではと係員を睨んだら、暫く無言で、其の通りですと嫌な顔つきで返事が有りました。日本全国の数千の役所で、国民をこの様に扱っている訳ですから、行政の近代化は日暮れて道遠しの感を強くしました

友人のこの体験談にもある通り、何故、日本の手続きがこんなに煩雑なのだろうか? それは何と言っても、書類の殆どが本題に無関係な役人の責任逃れと組織防衛用の書類だからとしか言い様がない。

手続きが複雑なだけでなく、窓口との相談や連絡に安価で能率的な電子メールの使用を認めない時代遅れが国民の負担を更に増している。

米国に比べ日本の役所のミスが圧倒的に多いのも、煩雑で不合理な手続きが影響しているに違いない。

我慢出来ないのは、役所側がミスを起こした場合の訂正にも被害者側の国民が、上申書、事由書、同意書、審査請求書、異議申立書、再審査請求などを提出しなければならない「お上優先」の理不尽ぶりである。

遵法手続きのあり方は、税率や公務員数と並んで政府の大小を測る重要指数であり、現状が続く限り日本が巨大な「ブラック政府」である事は疑う余地がない。

日本の将来の為には規制緩和は絶対に必要だが、先ずは手続きを簡素化して国民を無用なサービス残業から解放すべきである。

2013年9月3日
北村 隆司