格差の虚実今昔 ~ アメリカの例 --- 岡本 裕明

2013年11月12日 12:44

1980年代初頭、私がニュージャージーにいた頃、アメリカンドリームが何を意味しているのか間近で見た気がします。その頃、週末になるとバスでニューヨークに出てブロードウェイのTKTSで安いチケットを購入して観劇をしていたのですが、「隣町にもほとんどいったことがないあの娘さんがいま、ブロードウェイのステージに立っている」といったサクセスストーリーがさまざまなショーの中にちりばめれていました。往年の名作「コーラスライン」はその象徴であったともいえるでしょう。そしてそのコーラスラインを見て、自分もいつか、と思っていた人は数知れないでしょう。


あの頃のアメリカは夢と希望に満ち溢れていました。いつかは自分も大成功するという可能性をすべての人が持ち合わせ、そのチャンスを虎視眈々と狙っていた気がします。それは裏を返せば現状の生活に満足していなかったともいえるのです。当時アメリカ製品は日本製に押され気味で自動車はまさに渦中の業界でありました。衣料品店に入ればメードインUSAのTシャツを必死に探したりしていました。Big Appleのロゴ入り商品はほとんどがアジアのどこかの国で作られており、アメリカ土産でメードインジャパンのものを買って来た、といわれたりしたものでした。

サクセスストーリーはある意味、現状から抜け出せない苦しさと表裏一体だとしたらアメリカの開拓精神、閨閥や経歴にとらわれずに努力するものは報われるというアメリカンドリームは神話であったといわれるのかもしれません。

2000年代初頭、アメリカではMBAが大流行しました。それはサクセスストーリー=学力、経歴というひとつの高いステップをアメリカ自らが作り出してしまったともいえるのです。アメリカにはもともとIVYリーグという著名で歴史のある東部の8つの大学があります。ニュージャージーに滞在していた時、プリンストン大学が比較的そばにあり、いつかはあのような大学に入れたら素晴らしいと何度も思ったものです。ですが、その学費といい、選ばれたエリートという高いハードルは一般人を寄せ付けませんでした。大量に溢れた優秀なアメリカの若者はゴールドラッシュごとく、西部でシリコンバレーなるものを生み出し、同時にMBAがその受け皿として注目されといっても過言ではないでしょう。

アメリカはいつの間にかエリートとそうでない者が明白に分かれる社会を作り上げました。人々はその人の経歴を見るようになり、キャリアを優先することでビジネスリスクを低減するようになりました。効率経営というアメリカンビジネスは自らの手で夢に手が届く道を細く険しくしたのです。

更には移民の国アメリカはヒスパニックやアジア系の人口が増える中でWASP(白人、アングロサクソン、プロテスタント主義)がないとは言い切れません。表面的にはウェルカムしながらも究極的に心を開けない(=コミュニケーションや文化、社会的バックグラウンドをうまく取り込めない)状態は表向きには言えませんが気持ちのどこかに秘めているように思えます。そしてそれはカナダでも同じです。

99%と1%の格差はアメリカが自ら作り上げたこの20、30年の間の社会的変化がバックグランドであったとみています。一部のエリートにしか許されていなかったチャンスを生かすため、自らの手で新たなる道を作った結果、その道を通ることが成功者の必須とされてしまったのです。大半の大衆、特に非白人には経済的にも社会的にもまさに搾取される以外、方法がなくなってしまったのでしょうか?

ニューヨークを夢見ていつかはあのステージに立つというきらきらしたあの目の光はいまや、マネーという輝きに目をギラギラさせている別のアメリカに変わってしまった気がします。よきアメリカは過去のものとなってしまったのでしょうか?

次回は日本編をお届けしたいと思います。
今日はこのぐらいにしておきましょう。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2013年11月12日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった岡本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は外から見る日本、見られる日本人をご覧ください。

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