見られてしまった安倍首相の限界

2013年12月30日 09:32

私は安倍首相がまだ自民党の若手のホープと見られていた頃に一度お目にかかった事があるが、話の随所に誠意が感じられ、大変真面目な努力家という印象を受けた。その考えは、それから十年以上を経た今も変わらず、日本の為に世界を飛び回っている姿には、大変敬服もしている。

しかし、今回の靖国参拝で、私は大きく失望した。一国の首相なのだから、現在の危険な世界情勢を読み取り、自分の気持を抑えて、しばらくは「参拝」は封印するだろうと読んでいたのだが、この期待はいとも簡単に外れてしまった。アメリカからの再三の牽制を無視してしまったからには、将来の日本への打撃は計り知れないものと覚悟せねばならないのに、首相の周辺にはその危機感は全く感じられない。


どんな国であっても、「国益」を守る事こそが政府の最大の役割である。そして、「国益」の最たるものは「安全保障(戦争を防止しながら、国民を他国への隷従から守る事)」と「経済的利益の最大化(国民の生活水準の引き上げ)」の二つである。「首相の靖国参拝」は、このどちらにも全く役に立たないどころか、相当のマイナスになる。

そして、その代償として首相が得たものは、「自分の気持ちがすっきりした」「お友達への約束を果たした」「多くの国民が歓声を上げて支持してくれた」の三点だけだ。つまり、そのどれもが「内向き」の問題に過ぎず、「国益」とは全く関係がない。

成る程、昨今、中・韓の挑発行動が目に余るので、国民の中にはこれに反発する機運が急速に盛り上がりつつある。だから、この「空気」の中では、「靖国参拝について中・韓からとやかく言われる筋合いはない」として、「毅然として参拝を実行」すれば、多くの単純な国民は歓声を上げるだろう。現実に、この様な結果は、既にネット上で目に見える形で出ているので、安倍総理はきっと大変気を良くしているに違いない。

しかし、ここにこそ大きな問題がある。政治家は常に選挙の事を気にしていなければならないので、大衆に迎合したいという誘惑には抗し難いだろうが、この誘惑を断ち切り、丁寧に国民と対話して、国民にもっと深く考える様に促し、結果として「長期的な国益の最大化」を実現してこそ、真の政治家と言えるのだ。残念ながら、安倍首相は、今回の子供っぽい行動によって、この可能性を自ら潰してしまった。

12月28日に出揃った、北村隆司さん站谷幸一さん池田信夫さんの記事にもある様に、日本以外の如何なる国でも、今回の事は全く理解されないだろうし、ろくな評価もされないだろう。それどころか、これで安倍首相には、「日中戦争を正当化し、日本を戦前の姿に戻したい復古志向の右翼政治家」というレッテルが貼られてしまった。そして、何らかの事由で彼が下野を余儀なくされるまでは、その評価はもはや変わる事はないだろう。これにより、今後の日本の外交は多くの選択肢を失い、最悪時は孤立が免れなくなるだろう。

この様に言うと、「何故外国の事ばかり気にするのか? 日本の事なのだから日本人が決めれば良い」という人たちが必ず出てくるが、実はこの様な人たちの存在こそが、日本にとって最も危険なのだ。

今や、全ての経済問題はグローバルで見なければ何の意味も待たず、その一方で、日本はアメリカの力なくしては尖閣列島すら守れないのだから、こんな議論は話にもならない。かつて、日本の大衆は日中戦争に英米が口を挟む事に違和感を持ったが、今の状況を見ていると、大衆はこの頃からあまり進歩していないように思える。そうだとすると、また過去と同じ過ちを繰り返す危惧が、相当にあると思わざるを得ない。 

中国と朝鮮半島の状況が安定していたら、私はそこまでは心配しない。しかし、今はそうではない。中国は、格差問題と汚職腐敗で一般民衆の不満が爆発寸前にある。このエネルギーを発散させるには、「日本と事を構える」のが最も効果的であるという事を、中国の指導者はよく知っている。一方、韓国の朴政権も、伝統的に強い左翼陣営の攻撃に曝されて不安定この上もないので、日本を敵と見立てる事によって、求心力を取り戻したいと秘かに願っているだろう。頼んでもいないのに、安倍首相はここに、両国にとっては願ってもないような、絶好の火種を投げ込んでしまったのだ。

尖閣諸島の上空、即ち日中の防空識別圏が交錯するところで、両国の空軍機同士が偶発的に交戦状態に入る事は、もはや妨げられないかもしれない。中国側にとっては、国民の危機感を煽ると同時に、日本と米国の出方を見る上で、このような事態が生じる事は、極めて魅力的と思われからだ。従って、仮に戦闘機一機を失うようなシナリオであっても、中国側は意に介さず、巧妙な罠を仕掛けてくるかもしれない。

沖縄の米軍はすぐに介入してくるだろうか? 私はあまり楽観的にはなれない。場合によれば、日中両方の出方を見極める為に、或いは「日本に教訓を与える」為に、わざと介入を遅らせる事もないとは言えないからだ。

ケリー国務長官とヘーゲル国防長官が連れ添って、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑に異例の参拝をした事は、「日本のアーリントン墓地は靖国ではなく千鳥ヶ淵にせよ」という強いメッセージなのに、安倍首相は、何とそのメッセージを完全に無視したのだ。これでも米国は本気では怒らないと、本当に安倍首相は考えたのだろうか? 中国政府は、勿論、秘かにほくそ笑んでいるに違いない。

その一方で、金正恩による張成沢の粛正によって、朝鮮半島は現在一気に不安定化している。12月28日のアゴラに、山田高明さんが「中韓同盟の可能性」についての記事を書いておられるが、このシナリオも必ずしも荒唐無稽とは言い切れない。

金正恩に手を焼き始めた中国にとっては、「韓国による北朝鮮併合」を認めるだけでなく、むしろ応援し、その見返りに、既に擦り寄ってきている韓国を同盟国として抱き込む事は、かなり現実的で魅力的な選択肢だ。こうなると、米軍は朝鮮半島に駐留する意味を失い、撤退するしかない。中国にとっては、北朝鮮を支援し続ける経済的な負担がなくなるだけでなく、軍事的にもはるかに有利な状況になる(結果として、中・韓両国にとって、日本が共通の仮想敵となる)。

この様に不安定で且つ憂慮すべき状況下にある極東の中で、日本だけが、したたかな戦略を何一つ持たず、「もう僕だって子供じゃないんだ。一人でやって行けるよ」と言って悦に入っている姿は、心底寒気のするものだ。米国の国務長官と国防長官を二人揃ってコケにして、なおその事の及ぼす影響に気がついていない外交音痴ぶりは、度を超している。

事の始まりは、石原元東京都知事の「尖閣列島の都有地化」の動きだった。尖閣列島についての日中の対立は以前からあったが、1972年の日中国交正常化の協議の中で、田中角栄と周恩来は「この問題は当分間棚上げにする」という事で合意した。そのまま50年でも100年でも棚上げ状態を続けておけば良かったものを、元々この合意自体に反対していた石原氏が、都知事の立場を利用して再び仕掛けた。これに対し、当時の野田首相は、「右翼的な石原氏の自由にさせるより、国がコントロールした方が良いだろう」という単純な判断から、事を急いだ。「中国に対して弱腰だ」と批判されるのを避けたかった事もあったのだろう。

しかし、問題だったのは、野田首相が想像を絶する程の外交音痴だった事だ。事もあろうに、彼は、中国の政権交代直前の最悪のタイミングで、しかも温家宝首相の強い要請に一顧だに与えず、突如国有化を強行したのだ。当然の事ながら中国政府は強く反発、その後双方の上げる拳の位置は徐々に高くなり、遂には今日の状況を招いた。

その間に、日本では「中国敵視」と「軍備増強」の世論が高まり、単細胞の安倍首相の背中を押した。最初からそういう状態を作り出したかった石原老人は、さぞかしほくそ笑んでいる事だろうが、国民にとっては、今将に大きな災厄が迫りつつあるのだ。

安倍首相と野田元首相。共通点は「外交音痴」という事だが、突き詰めれば、これは日本国民全体に共通な弱点とも言える。要するに、長い間海に守られて外国から侵攻されずに済んだおかげで、日本人全体の思考回路が閉鎖的になってしまっており、相手の立場や心の内を読み取る事が極端に下手というか、そもそも始めからそうしようとしない傾向を生んでしまったかのようだ。

中・韓問題を論じると、いつも出てくるのは、「日本が幾ら妥協して、何度謝罪しても、いや、そうすればするほど、相手は益々嵩にかかって、要求をエスカレートしてくる。何時迄も薄ら笑いをして平身低頭するのは止めて、毅然とした態度をとるべき」という意見だ。私には、こういう見方こそが、相手の事を何一つ読めていない(読もうともしていない)事の、一つの証左のように思えてならない。

いつも申し上げている事だが、最大の問題は唯一つ、「歴史認識」の問題だ。日韓問題については、過去にアゴラで何度も論じたので、今回は日中問題に絞って語りたいが、要するに「日中戦争は日本による侵略であり、大変な災厄を中国にもたらした事は極めて遺憾である」と、一言明確に言い切りさえすれば、問題の核心は解決する。

しかし、そうなると、「その極めて遺憾な事を指導した責任者が祀られている靖国神社」に首相が鳴り物入りで参拝する事が、整合性を持たなくなるのも、これまた当然の事だ。「首相による靖国神社の参拝」にはそういう象徴的な意味がある事は、中国人、韓国人のみならず、欧米人を含めた世界中の誰の目にも明らかなのに、日本人だけが、「これは日本人の魂の問題だ」などという、日本人以外の心には全く響かない話をして、仲間内だけで盛り上がっている。

「幾ら妥協しても、何度謝罪しても」と言う人がいるが、何度も妥協したり、謝罪したりする必要は全くない。勿論「薄ら笑い」も「平身低頭」も必要ない。上記だけを明確にすれば済む事だ。後の事は全て、事実と合理性に則って、粛々と対処すれば良い。

それをやらずに、何時迄も問題を曖昧にしている日本人を、殆どの欧米人は全く理解出来ずにいる。そこに「先の敗戦をチャラにして(東京裁判を実質的に無効にして)、もう一度過去の日本を正当化しよう」という魂胆(姿勢)が垣間みられると、もう日本に対する不信感しか残らなくなる。そうなると、世界中を敵に回した過去の日本の再来だ。安倍首相やその支持者たちは、本当にそれで良いのだろうか?

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