複数年度予算と憲法との関係

小黒 一正

財政再建を進める予算管理法の一つとして時々取り上げられるのが、「複数年度予算」である。だが、「憲法を改正しない限り、複数年度予算は不可能である」旨のイメージが広がっている。実際、以下のような記事がそれを物語る。


憲法審査会:予算の複数年度編成巡り議論(毎日新聞2013年4月18日)
 衆院憲法審査会は18日、第7章「財政」について審議した。1年度分のみ予算編成する現行の「単年度主義」を巡り、自民党、民主党、日本維新の会の3党の委員が複数年度にまたがって予算を編成できるよう憲法を改正すべきだと主張した。(略)


しかし、このイメージは誤解の可能性がある。これは(あまり知られていないが、)千葉大学の木村琢麿氏の論文等も指摘している。


「憲法86条は,一見すると予算単年度主義を明示的に採用しているようにみえる。学説も,結論としてはほぼ異論なく,予算単年度主義が憲法上の要請であると解している。

しかし憲法86条は「会計年度」の期間を明示していないのであるから,複数年の会計年度を設定することが認められる余地があり,憲法制定過程においても,憲法86条から予算単年度主義が必然的に導かれるわけではないという起草者意思が示されている(これは旧憲法64条1項との文言の違いに象徴される)。

そこで筆者は,予算単年度主義は憲法上の要請ではなく,複数年にわたる会計年度を設定して複数年度予算(憲法86条の文言を意識していえば,複数年予算)を編成することも可能であると考えている」


確かに、旧憲法(大日本帝国憲法)64条1項と現行憲法86条を比較すると、現行憲法の「会計年度」の設定は不明確となっており、具体的な設定は財政法11条で定められている。

大日本帝国憲法
第64条 国家ノ歳出歳入ハ毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
2 予算ノ款項ニ超過シ又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス

日本国憲法
第86条  内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

財政法
第11条  国の会計年度は、毎年四月一日に始まり、翌年三月三十一日に終るものとする。


つまり、いわゆる通説の「予算単年度主義」(=国会の予算議決は毎年行う必要があり、複数年にわたる予算を一括して議決することは禁止)は、憲法86条を受けた財政法11条が定めているのに過ぎない。このため、財政法の改正で対応でき、憲法改正は不要との解釈もできる(注)。

なお、このような解釈が学説・実務の現状から不可能であっても、単年度予算とは別に、複数年にわたる予算フレーム(例:主要経費の量的縮減目標)に関する法案を提出し、膨張する予算の抑制を試みることは可能なはずである。

これは、元財務次官の杉本和行氏の論文等も指摘するように、かつての財政構造改革法で実施した先例があるためである。


「予算の単年度主義の原則は,国会における予算の議決は各会計年度ごとに行うべしというものであり,これは財政民主主義の観点からの議会の予算に対する審議権の確保の要請からくるものである。

他方,法律上に書き込まれた主要経費の量的縮減目標は大くくりの主要な経費ごとに複数年の上限を定めることにより,内閣の予算編成のありかたを規律するものである。法律の規定により歳出権限が賦与されるものではない。

したがって,予算の各科目に定められた目的及び金額の範囲内で政府に歳出権限を賦与する予算とはその法的性格を異にするものであることから,複数年の量的縮減目標が予算の単年度主義との関係で問題になることはない


(法政大学経済学部准教授 小黒一正)

注:複数年度予算の期間は、イギリスの支出レビュー(Spending Review)等と同様、3年程度が妥当と考えられる。戦時中(昭和12年9月)、臨時軍事費を一般会計と区別して戦時終結までを一つの会計年度として特別に整理することになった事例として「臨時軍事費特別会計」があるが、このような長期かつ不透明な会計年度の設定は、支出と収入の対応関係を曖昧とし、絶対に認められない