『サウンド・オブ・ミュージック』とオーストリア人の後ろめたさ --- 長谷川 良

2014年02月24日 12:16

アルプスの小国オーストリアに対するイメージを日本人に聞くと、ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年公開)の世界を挙げる人が結構多い。
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▲マリア・フランツィスカ・トラップさんの死を報じる日刊紙「ザルツブルガー・ナハリヒテン」


同映画は実話だ。この映画で第38回アカデミー主演女優賞を獲得しジュリー・アンドリュースが修道女マリアの役を演じ、トラップ大佐の7人の子供の家庭教師につく。時代はオーストリアのドイツ併合、第2次世界大戦前だ。舞台はオーストリアのザルツブルク(モーツアルトの生誕地)だ。オーストリア帝国海軍退役軍人のトラップ大佐の家でマリアと7人の子供たちの交流が美しい歌「ドレミの歌」「エーデルワイス」などと共に展開していく。

ナチスドイツ軍のオーストリア併合、退役軍人のトラップ大佐へ軍から出頭命令が届き、ドラマは急展開、ナチスドイツ軍を嫌う大佐家族は合唱コンクールに出演後、スイスへ逃亡し、米国に渡る、そこでトラップ合唱団として米国ばかりか世界中でその美しい合唱を披露していった。

そのトラップ・ファミリーの娘、マリア・フランツィスカ・トラップさんが今月18日夜(現地時間)、99歳で米国のバーモント州ストウ市で亡くなった。

マリアさんは1914年生まれ。トラップ合唱団の解散後、27歳の時、ニューギニアで宣教活動をしている。生前、何度か故郷のザルツブルクを訪れている。

ところで,日本人や米国人が大好きな「サウンド・オブ・ミュージック」は地元のオーストリアでは余り愛されていない、というか、歓迎されていなかった。当方がオーストリアに居住しだした当初、「サウンド・オブ・ミュージック」の話をしても知らない人がいたほどだ。

しかし、長く住んでいると、「国民が世界的にヒットした映画をなぜ好きではないか」が少し分かってきた。ナチス・ドイツ軍の支配下で多くの国民が困難な時、祖国を捨てて逃げていった家族への冷たい目、苦しい運命を共有せずに逃げた、という無言の批判だ。

その一方、ナチス軍の支配に抵抗したオーストリア国民は当時、少数派であり、大多数の国民はナチス・ドイツ軍を歓迎し、支援した。その後ろめたさを国民は払拭できない。

祖国を捨てていった家族への無言の批判とナチス政権を支援したという後ろめたさのミックスした思いが、映画「サウンド・オブ・ミュージック」を愛せなかった理由ではなかったか。

ただし、第2次世界大戦後70年を迎えようとしている今日、戦争体験者も少なくなり、オーストリア国民も「サウンド・オブ・ミュージック」を平静な心で観賞できるようになってきている。ザルツブルクの映画の舞台は観光名所だ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年2月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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