見せかけの回帰(かなり技術的)

池尾 和人

高橋洋一氏が、「金融政策には効果ラグがあり、政策を行ってから2年程度のラグで本格的な効果が発揮できる」と主張する根拠は、たぶんこのディスカッション・ペーパー(PDF)のp.13の図9に示されたような分析だと思われる。しかし、少なくともこの分析は、時系列データの取り扱いに関する基本的な理解を欠いたものだと言わざるをえない(グローバルセキュリティ研究所にも、もう少ししっかりしてほしい)。


高橋氏は、私とほぼ同じ世代なので、時系列分析の新たな発展が普及して広く知られるようになる前に大学(院)教育を終わってしまっているので、その後に関連した勉強をしていないと無理解なままで過ごすことになってしまいがちである。私も、さほど時系列分析を勉強しているとは言いがたいので、理解に怪しいところがあるかも知れないが、標準的な回帰分析はデータが定常であることを前提としている。しかるに、非定常な変数どうしを回帰させると「見せかけの回帰」になって、大きいt値、大きいR2、小さいDW比がみられるおそれがあることが現在ではよく知られている。

完全に同じかどうかは分からないが、高橋氏が使っていると思われるデータを内閣府と日本銀行のホームページからとって、上記の図9と同じものを作成すると、次のようになる。

TK

そして、名目GDP増加率を2年前のマネーストック増加率で説明する回帰式を推定すると、

Linear Regression – Estimation by Least Squares
Dependent Variable GNGDP
Annual Data From 1969:01 To 2011:01
Usable Observations 43
Degrees of Freedom 41
Centered R^2 0.8318481
R-Bar^2 0.8277469
Uncentered R^2 0.9025166
Mean of Dependent Variable 5.2860465116
Std Error of Dependent Variable 6.2819310572
Standard Error of Estimate 2.6072142835
Sum of Squared Residuals 278.70021913
Regression F(1,41) 202.8272
Significance Level of F 0.0000000
Log Likelihood -101.1965
Durbin-Watson Statistic 1.6428

Variable Coeff Std Error T-Stat Signif
*******************************************************
1. Constant -1.979012246 0.646768701 -3.05985 0.00389453
2. GMS{2} 0.876413316 0.061538352 14.24174 0.00000000

という結果になり、確かにきわめて高い決定係数が得られる。

しかし、名目GDP増加率(GNGDP)とマネーストック増加率(GMS)が定常性をもっているかどうかをチェックするために、単位根検定(Dickey-Fuller検定)をすると、それぞれ

Dickey-Fuller Unit Root Test, Series GMS
Regression Run From 1968:01 to 2011:01
Observations 45
With intercept
Using fixed lags 0

Sig Level Crit Value
1%(**) -3.58126
5%(*) -2.92707
10% -2.60127

T-Statistic -1.43667

Dickey-Fuller Unit Root Test, Series GNGDP
Regression Run From 1968:01 to 2011:01
Observations 45
With intercept
Using fixed lags 0

Sig Level Crit Value
1%(**) -3.58126
5%(*) -2.92707
10% -2.60127

T-Statistic -1.80809

となり、ともに単位根過程であるという帰無仮説を棄却できない。

[以下、修正と追記]2014.2.26
したがって、上述の回帰は、「単位根過程y(t)を定数とy(t)と関係のない単位根過程x(t)に回帰するとy(t)とx(t)の間に有意な関係があり、回帰の説明力が高いようにみえる現象は見せかけの回帰と言われる」(沖本竜義『計量時系列分析』朝倉書店)の一種でしかないおそれがある。こうした可能性がある以上、「時系列データの分析で単位根検定は、今日、不可欠の手順となっている。時系列分析では単位根検定を行っていない場合、論文の中にほかにどのような優れた着想があろうとも、それだけで相手にされないといっても過言ではない状況にある」(松浦克己/コリン・マッケンジー『Eviewによる計量経済分析』東洋経済新報社)とされる。

なお、昨日はサボってやってなかった共和分検定をやってみたところ、

Engle-Granger Cointegration Test
Null is no cointegration (residual has unit root)
Regression Run From 1970:01 to 2011:01
Observations 43
Using fixed lags 0
Constant in cointegrating vector
Critical Values from MacKinnon for 2 Variables

Test Statistic -4.38306**
1%(**) -4.16132
5%(*) -3.48132
10% -3.14393

となって、GMSとGNGDPは共和分関係にあるとみなせるという結果になった。

それはそうで、マネーストックの増加率と名目GDPの増加率の間に長期的な均衡関係が見られるのは当然である。ただし、このことは2年前の前者が後者を決めているという話(因果関係)とは違うので、誤解のないように。

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池尾 和人@kazikeo