「安倍首相によって日本がどんどん変わってしまうのではないか?」と危機感を募らせたタレントの室井佑月さんが、週刊朝日3月7日号に「あのぉ、三権分立って知ってます?」と首相を小馬鹿にした記事を載せた事を知り、本屋に出かけて探してみますと「独裁国家をめざしてる?」と言う見出しの記事がそれである事が判りました。
記事を読んで、ご自分の「三権分立」に対する無知を棚に上げて安倍首相を嘲笑する室井さんの心臓の強さと、間違いだらけの原稿の校正もせずにそのまま掲載する週刊朝日の無責任振りに驚きました。
室井さんは「今の世の中が本気で怖い。最愛の息子は今後、人生を享受することができるんだろうか。毎日、そんなことばかり考えている。都知事選の投票率の低さを考えれば、あたしの心配をガハハと嗤(わら)い『バッカみたい』という人が多数なんだろう」と書いていますが、これは事実問題と言うより室井さんのご意見ですので、室井さんのご自由の範囲です。
問題は、ご自分の意見の根拠として示した事実の殆どが間違いだと言う事にあります。
集団的自衛権の行使容認について質問した民主党議員が、内閣法制局長官の答弁を求めたのに対し、「質問者は法制局長官の答弁を求めているが、私が最高の責任者であって、政府の答弁にも私が責任を持つ」と安倍首相が答弁した事を問題視した東京新聞が、「三権分立 崩す」という見出しの記事を書き、同じ問題で自民党総務会の一部議員が「三権分立を根底から崩す」と批判したと言う報道がありました。
何を勘違いしたのかこの報道に飛びついた室井さんは、「あのぉ、三権分立って知ってます? 小学6年生のときに社会科で習う。立法、行政、司法――つまり国会、内閣、裁判所の三つの独立した機関が相互に抑制し合って、権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障する、憲法でそう定まっている。中学受験では基礎中の基礎、低レベルの問題だ」と安倍首相の「三権分立」の無知振りを皮肉まじりで非難しています。
これほど「天に唾する」と言う喩えがぴったりする、事実と間違いを取り違えた記事は読んだ事がありません。
そこで、法律に素人のお前こそ本末転倒の張本人だと非難される事を承知で、室井さんの書かれた記事の事実誤認を具体的に指摘したいと思います。
首相は国会議員である事(第67条)及び、閣僚の過半数は国会議員でなければならない事(第68条)を憲法で定めた「議院内閣制の立憲君主国」である日本は、立法と行政が微妙に入り組んでいる点で英国と同じ問題を抱えており、大統領制を採用して三権を完全に分離した米国と大きく異なります。
しかし、日本ではこの立法と行政の入り組んだ関係を整理する為に、法律の最終解釈権限は内閣でも法制局でもなく、最高裁判所にある事を憲法81条ではっきり定めています。
内閣法制局はどの国でもある行政省庁間の利害の衝突の調整や国会に提出する法律案と既存の法律や憲法との整合性の検討など、膨大な時間と陣容を必要とする作業を行い、その結果を内閣や総理大臣に上申して補佐する目的で設置された行政機関で、その最高責任者が内閣総理大臣である事は設置法第7条に明記されている通りです。
また、法制局の管掌業務として「法律案、政令案及び条約案等に関する事務を担当し、各省大臣や内閣総理大臣にその結果を具申したり、法律の運用に関する調査研究を行うこと」と設置法第三条で定められ、法制局は飽くまで内閣や総理大臣の補佐役で、何らの決定権限を持たない事も明示されています。
それにも拘らず日本のマスコミが、法制局が憲法解釈に権限を持つかのような根拠のない「風評」を流し続けたために、法制局に「法の番人」などと言う誤解を呼ぶ「渾名」が定着して仕舞いました。
始末の悪い事は、根も葉もない「風評」を流したマスコミ自身が、この風評が作り出した「空気」を信じるようになり、先述の東京新聞の「三権分立 崩す」という記事や、自民党総務会での「三権分立を根底から崩す」と言う無知蒙昧な批判で、世の中を混乱させる結果を生んでいます。
この「空気」を信じきった室井さんは自分が安倍首相より三権分立に詳しい「識者?」だとうぬぼれて、このような風評記事をばら撒いた事は反省して欲しいと思います。
彼女は更に続けて「安倍さんは、小学生でも知っているそのことを知らなかった? いや~、いくらなんでもまさかね。とすれば、いつの間にかこの国のルールが変わっている? あたしはこういうところが怖い」と書かれていますが、正しくは「室井さんは、小学生でも知っているそのことを知らなかった? いや~、いくらなんでもまさかね。とすればいつの間にかこのような無知な人でもタレントだと言う理由だけでマスコミに間違った事を言いふらして、小遣い稼ぎ出来るルールにか変わっている? 国民はこういうところが怖い」と書くべきでした。
私も安倍首相の右傾化は危惧していますし、取り巻きの人物の愚かさを考えますと室井さんの将来への懸念はよく理解できますが「安倍首相個人の感情で『じゃ戦争でもしてみっか』と即決も出来よう。この国は、世界中から危ねぇ、と煙たがられている金さん率いる北朝鮮みたいな独裁国家を目指しているのか」などと心配するほど日本の仕組みは単純なものではなく、日本が北朝鮮と同じ独裁国を目指したいると錯覚している人が居るとしたら、室井さんと金正恩くらいのものでしょう。
また「 独裁国家が報道を抑えるのは常套手段。この国の『世界報道の自由度ランキング』を見てみなよ。2010年には11位だったのに、今年は59位だ。この国(日本の事)の報道に『顕著な問題』があるとはっきりいわれている。特定秘密保護法の成立や、福島第一原発に関する情報の不透明性が、問題として挙げられた。最近話題になったNHK問題だって、しかりだよ。 どうして? これが騒ぎにならないってことは、すでにこの国の報道は、政府の制圧下にあると考えるべきなんでしょうか?」と書かれましたが、これも正確ではありません。
ここで言う「顕著な問題」とは「報道の自由度のクラス分け」の一分類の事で、日本が主要先進国で唯一このクラスに転落した事をさします。
福島第1原子力発電所事故で情報公開と報道への信頼が大きく揺らいだ上に特定秘密保護法が成立した事が、今回の順位転落に影響した事は間違いありませんが、政府をチェックする筈の日本のマスコミ自身が、権力との融合して報道の自由と透明性を疎外する「記者クラブ制度」を設け、フリーランスや外国人記者を記者会見から閉め出す腐敗も順位転落の理由とされていますので、次に寄稿される時はこの事にも触れて頂きたいと思います、
最後に、「安倍首相が憲法に違反して、独裁国家をめざしてる」と室井さんが真剣に心配しているのであれば、安倍首相を憲法違反で告訴して欲しいと思います。
と言いますのは、憲法の「国民の権利及び義務」の規定に「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない(12条)」と国民に努力を義務付けていますが、憲法の本当の「番人」である最高裁判所は、訴訟に応じて初めて判断を下す「受動的組織」である為に、憲法を安倍首相の独断から守る為には、誰かが訴訟しないと最高裁は憲法判断をする事が出来ないからです。
2014年3月6日
北村 隆司