今あえて東京オリンピック「後」を考える --- 佐藤 正幸

2014年04月16日 17:30

2020年に東京オリンピックが開催される。

オリンピックに沸く建設業界とか景気回復だとか比較的ポジティブな情報が多い気がしている。筆者は以前にも自信のブログで、地政学的に東京にオリンピックを誘致することは東アジアにおける安全保障にとって重要な意味を持つと指摘した。

しかし、改めて国内の状況を考えてみると悲劇的なシナリオもありうるという結論に至った。


世の中の意見がポジティブなものばかりだと、つい違う視点からと天邪鬼な筆者は考えてしまうので天邪鬼な問題提起をしてみたい。

歴史的なイベントの評価というのは、イベント単体に焦点が当てられがちだが前後の評価もあって初めて成り立つものだろう。あえて東京オリンピックの終わった後を考えてみようと思う。

東京オリンピックが行われる2020年までに建設業界に莫大な経済効果があることは間違いない。しかし、この建設業界2008年のリーマンショックで受注が激減し、新規の採用を控えてきたため人材難が進行している。とび職や左官屋も慢性的に人材不足を抱えており建設業界全体は猫の手も借りたい状況だ。

一方で、東京以外の地方部では疲弊が著しい。どこの道府県でも県庁所在地に人口や仕事が集中し、いわゆる田舎では働く口がない。先日は青森出身の青年に話を聞いたが青森などでも青森市に出ないと仕事にならないという。こうして人口の空洞化が日本列島の末端から進んでいる。

いずれ道府県などの地方では県庁所在地という心臓部以外では人口的にも経済的にも壊死してしまう可能性が高い。この状況は地方対東京という視点で考えても大いに当てはまる。

県庁所在地で職を探すより東京で職を探した方が可能性は高いし、給料も高い。前述の青森の最低賃金は665円(平成25年)であり、東京では869円だ(平成25年)。

実際に県庁所在地からも東京への人材の流出が進んでいる。地方の末端神経が壊死し、更には手足まで壊死しかけているというのが現在の日本の状況である。ご存知の通り、心臓だけでは生きていくことはできない。明治以来の中央集権を進めてきた結果が、この状態である。現在、地方交付税交付金などで自治体間の財源を調整しているが、このままいけば自治体に対する交付税負担の全体量がさらに増加し心臓への負担も増える可能性は十分にある。

現在の日本はもはや末端が壊死しかけ、心臓にも重い疾患を持つ重篤患者だ。

東京オリンピックはこの環境に更なる拍車をかける可能性は高い。地方部で職がない人間は東京に職を求めて集まるだろう。かつて1964年のオリンピック景気で人が集まったような状況が再来するだろう。

2020年までは東京で職は増えるだろうし、首都圏においては最低賃金も上がるかもしれない。

しかし、問題はオリンピックが去った後である。

当然、オリンピックの一時的な雇用で雇われた人たちの整理が進むことになる。東京に無職の人があふれ、治安は悪化するかも知れない。住居も不足が出るだろうし、交通インフラも十分なキャパシティーで対応できるか甚だ疑問だ。

現在でさえ、土日の山手線など乗れたものではない。東京はすでに飽和している。これ以上人が増えることに東京のキャパシティーは対応できないのは明らかだ。高齢化の進む西東京の人口がさらに増え、都心部も更なる高層化で対応するのだろうか。

「オリンピックが去った後の人の流れがどうなるのか。」

これこそがオリンピック以上の問題だといってよい。オリンピックは平和の祭典だ。平時の時にこそ、国の総力が問われる。人口の調整や都市部と地方との格差など今こそ真剣に議論する時がきていると考えるのは筆者だけではないだろう。

佐藤 正幸
World Review通信アフリカ情報局 局長
アフリカ料理研究家、元内閣府大臣政務官秘書、衆議院議員秘書
Twitter@Tetsutochi
ブログ静かな夜にワインとビスマルクを

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