小保方事件の教訓(1)「理研」の強権体質への疑問

2014年05月20日 11:13

「論文ねつぞう事件」に関する理研の調査結果発表を読んで、真っ先に思い出したのが村木厚子現厚労省事務次官の冤罪事件でした。

虚偽公文書作成・同行使と言う刑事罰に問われ、無実の罪で長期に亘り勾留された村木次官のケースと、「論文ねつ造」の疑いを受けた小保方さんのケースの中身は大違いでも、巨大組織を背景に本人に弁明の機会も与えない前近代的な強権手法が、真実の解明には百害あって一利なき手法である事は共通しています。


村木さんの場合は、証拠を改竄した主任検事も改竄の事実を隠蔽した上司も共に有罪判決を受けましたが、理研の場合は、調査委員会の石井委員長を含む3人の委員の過去の論文に「切り張りはあったが不正には当たらない」と不問にして、幹部のスキャンダルを隠蔽する選択を採りました。

また、「改竄ではないが…隙を作った」と言う石井委員長の辞任声明には、科学者に期待した一片の合理性も見出せず、この声明に理研の官僚体質が象徴された思いがします。

しかも「各委員への疑惑は、小保方さんへの疑惑とどう違うのか」と言う質問にも回答しないなど、インテリ集団に特有の陰険な隠蔽体質が見え隠れし、国民の疑問に晒され可視化が論議されている検察より、理研の組織改革はむしろ遅れている印象を受けました。

石井前委員長に替わって間髪を入れず委員から委員長に昇格した渡邊惇弁護士が、法務省刑事局出身の刑事畑の辞め検だと知り、理研の調査手法が特捜に極似している事に合点が行きました。

渡邊元検事が持ち込んだであろう、いったん「方針」を固めてしまうと結論ありきを前提に重要な過程を疎かにして調査(捜査)を進める検察の手法が、強固な官僚組織の理研に導入されれば、冤罪を生む可能性が強まる事は日の目を見るより明らかです。

石井氏の委員長辞任を受けた野依理事長が「研究者約3千人分の研究論文の自主点検」を指示したと言うに至っては、自分の命令で何でも解決すると考える傲慢な無責任振りの表れで、言葉もありません。

小保方さんを断罪した渡部委員長が、委員の論文に疑義が寄せられていることを問われると誰が説明するかには答えず「委員会が説明すべき事柄ではない」と責任を逃れ、川合真紀理事が自身の責任を問われると「私自身はどういうふうに責任を取ればよいのか分かっていない。たぶん周りの人が決めることであろうと思っている。記者の皆さんのお知恵を拝借できればいい」とまで述べる「アホもいい加減にしろ
と言いたくなる粗悪なトップを頂き、日夜を徹して研究に没頭する若き研究員に同情を禁じ得ません。

これにも懲りず、コンプライアンス(法令順守)担当理事の米倉氏は、上層部がいつ責任を取るのかについて質問されると「まずわれわれのやるべきことはモラルの再生、再発防止に向けて努力することが責任の取り方と考えている」と答えたようですが、理研の組織モラルを崩した張本人が居座って努力しても再発を防げない事は常識ではないでしょうか?

昨年4月現在で3,400名の陣容を擁し、国費だけで年間850億円以上を使う理化学研究所ですが、やたらと研究領域の多い総花組織の中での圧倒的「一位」の費用が、速度の世界順位が猫の目のように変わる話題の箱物「京」の開発費にあてられ、長期コミットを必要とする基礎科学への予算配分はごく僅かで、しかも単年度予算であるため、予算を巡ってボスが毎年部下を脅かせる機構になっています。

その為か、世界の研究機関としての評価も低く、昨年の評価では中国科学研究院の8位に対し31位の低位にあり、これが評価の大きな要素である一流科学誌への論文掲載への圧力を強めているのでは? と疑いたくなります。

ノーベル化学賞に輝いた白川英樹博士と下村脩博士、それに医学界のボスに永年いじめ抜かれた末に胃潰瘍の原因がピロリ菌であることを証明しノーベル生理学・医学賞を受賞したロビン・ウォレン博士の成果は、ウォレン博士自ら認めているようにセレンディピティ(何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを見つける能力・才能を指す)に恵まれていた結果でした。

あのアインシュタインも「”Imagination is more important than knowledge.” 知識より想像力のほうが重要である」と述べています。

「スタップ細胞は存在する」と言う独創的な想像力で出された仮想より、日時があるなしとか、ねずみの絵が幼稚だとかなどと言う「形式プロトコール偏重」の理研では、若き科学者の特権である好奇心を潰すばかりに思えてなりません。

これだけ「プロトコール形式偏重」に走る理研は、「セレンディピティ」を否定し、コンプライアンスの形式に拘る理研が研究機関としは本末転倒の官僚組織に転落した事は間違いなく、研究者が研究の自由を謳歌できる組織とは程遠い存在に思えます。

なお、次回からは「理研の危機管理への疑問」、「理研トップの適格性への疑問」「メディアの報道姿勢への疑問」「粗雑の誹りは免れない小保方さん」「ウォレン博士を支えた日本の科学者たち」「理化学研究所は必要か?」など、本件で学んだ事をシリーズで寄稿する予定です。

2014年5月20日
北村 隆司

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