工学者が見る大飯原発差し止め判決の誤り

2014年05月27日 01:14

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奈良林直
北海道大学大学院工学研究院教授
日本保全学会会長

福井地裁は、5月21日、福井や大阪など22都道府県の189人が関電を相手に大飯原発の運転再開の差し止めを求めた訴訟で、差し止めを命じる判決を言い渡した。報道されているように、「地震の揺れの想定が楽観的で、安全技術や設備は脆弱で、大飯原発の半径250キロメートル以内に住む人の人格権を侵害する具体的な危険がある」というのが判決の骨子である。

この判決は、科学技術を否定し、絶対的なゼロリスクを求める不適切な判決だ。以下、具体的に問題点を指摘する。


(1)原子炉は地震で壊れたことはない

判決では、過去10年間に4つの発電所で5つの想定を超える地震があったと指摘しているが、いずれの地震においても原子力発電所の一次系(原子炉の防護を行う保護系統)に地震による致命的な損傷は発生していない。

これは、発電所の配管や機器の設計が、実力的に十分な余裕を持っているためである。原子炉1次系に用いられている炭素鋼やステンレス鋼の配管や機器は、きわめて強靭で、設計強度の数倍の荷重をかけても破損しない。国の試験で、配管や機器を大型の加振台に載せて揺すっても、破損せず、無理矢理、弱いところを作って損傷させているほどだ。ポンプも加振台が壊れるほどの上限の振動を与えても破損しない。破損するデータが取れていないというのが実体だ。

しかるに判決では、加速度が少しでも超えたら配管があちこち破損すると決めつけている。原発の原子炉容器や配管はガラス製ではないのだ。

(2)事故リスクは地震だけではない、福島事故は津波が主因

福島第一原子力発電所事故は地震ではなく津波によって非常用炉心冷却系が十分に作動しなかったことにより過酷事故に至ったものだ。ここは、反対派も含めて多いに反省してほしい。地震の議論ばかりにこだわり、裁判を続けていて事業者も規制も、反対派も津波の議論をしてこなかった。福島事故では津波の高さが、水密性が無いシャッターやハッチ、吸気口などを超えてタービン建屋内に進入すると、非常用ディーゼル発電機や電源盤、非常用炉心冷却系のポンプがまったく作動しなくなった。この津波対策を行うべきというのが福島の事故で得られる教訓である。

しかし、大飯3、4号を含む我が国の原子力発電所に止水ドアや防潮壁などが設置されている。さらに種々の自然災害に対しての対策が強化され、強靱な耐力を有するに至っている。判決は、この事実をまったく無視している。

(3)原発防護体制は多重である

原子力発電の防護体制では重層的、そして多様な防護対策が採られている。これに裁判官は気付いていない。「深層防護」とは、軍事用語で、敵に負けないための多様で重層な戦略を指す。これが原発の安全対策に応用された。この基本的な思想は、鉄壁な守りであっても、それを否定する「前段否定」という考え方である。十分な耐震設計をしてあっても、それが敢えて破損すると仮定し、その後段の対策を重層的にとるのだ。

深層防護の第1層は、通常運転時における異常の検知である。原子炉の冷却は、蒸気発生器での蒸発と蒸気タービンを回したあとの復水器で蒸気が海水で冷やされ、復水し、主給水ポンプで蒸気発生器に給水される。

第2層は、異常過渡が発生しても、それを収束させる。そして第3層は、これらの冷却を否定して、原子炉の1次系の配管が瞬時ギロチン破断しても、炉心を冷却する設備と格納容器の閉じ込め機能が備えられている。人のアクションは必要無い。すべて自動で炉心の注水冷却が行われる。

そして福島事故の反省で、第3層全体が、津波対策で守られている。新規制基準では、第4層が強化された。第3層を前段否定しているから、非常用ディーゼル発電機が作動しない場合でも、高台の電源車を作動させて注水ポンプを作動させたり、交流電源を必要としない蒸気タービン駆動の補助給水ポンプを使ったりして炉心冷却を確保する。しっかり設計・施工された第3層の非常用炉心冷却系を否定し、いわんや深層防護の第1層の主給水ポンプの作動は必要ないのである。

そして深層防護の第4層の認識に判決では、決定的な事実誤認がある。「補助給水設備による蒸気発生器への給水が行われたとしても、1主蒸気逃がし弁による熱放出、2充てん系によるほう酸の添加、3余熱除去系による冷却のうち、いずれか一つに失敗しただけで、補助給水設備による蒸気発生器への給水ができないのと同様の事態に進展する…」との主文がある。

明らかな事実誤認で、図1に示すように、1から3のいずれか一方が作動すれば、炉心は冷却できるのだ。主蒸気逃がし弁は複数あり、例えそれが動かなくとも、ばねで作動する安全弁が設置されている。深層防護の備えは、このように多様な手段を用意し、設計範囲を超えた事象にも柔軟に対応する。

図1 原発の防護体制

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(4)ゼロリスク思考の無意味さ

判決は「確実な科学的根拠に基づく想定は本来的に不可能である」と指摘する。完全なゼロリスクを求める考え方は科学技術の観点から不適切である。いかなる科学・技術も人間や環境に対してリスクを有するが、科学技術に基づく設計と日常の保全活動によってリスクを十分に低減させる。社会はその下がったリスクと恩恵とのバランスでリスクを受容している。

(5)人格権の考えを濫用するおかしさ

判決では、原子力災害は人格権を侵す可能性があるために、裁判所の判断が及ぶとしている。

電気は今や空気や水と同じように人類の生存と社会の福祉に必要である。その電気を供給する安全対策をしっかり行った原子力発電所は、産業の生命を支えるものだ。

チェルノブイリ原発をすべて止めたウクライナで発生した産業の壊滅と職を失った家族らが、耐えがたい辛酸をなめた歴史的な事実が存在する。筆者はチェルノブイリ事故の被災者の方から、福島事故のあとの日本がウクライナと同じ轍を踏まないように、「原子力は人類にとって必要だ」と言われたことが強く印象に残っている。

津波対策、重大事故対策および事故時対策を適切に行えば、福島第一原子力発電所事故の再発防止は可能である。かかる意味において、原子力利用は人格権を侵害するものではないと考える。

誤った判決が混乱をもたらしていいのか?

原子炉等規制法第43条の3の23にもとづいて原子炉に停止命令を出せるのは、原子力規制委員会だけである。各電力会社は、新規制基準の求める世界最高の安全水準を達成すべく、安全をすべてに優先させつつ、原子力発電所のたゆまぬ安全性向上と安定運転を目標にして膨大な予算をかけて対策を行っている。

筆者は原子力発電所の適切な利用を通じて、化石燃料の使用を一因とする地球温暖化や異常気象を防ぎ、燃料の輸入に伴う国富の海外への流出を防ぐことが、国民の幸せと人類の持続的発展に最も効果的な選択肢と考えている。事実関係の誤りの多い判決が、不必要な混乱を招くことは遺憾である。

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