年金・財政検証、3つの死角(2)

小黒 一正

「年金・財政検証、3つの死角(1)」の続き

第3の死角は、「受益と負担の不透明性(世代間公平)」である。財政検証では、国民年金や厚生年金など年金財政の長期見通しを示しているに過ぎず、年金制度において、各個人が現役期に支払う保険料等の生涯負担分と、引退期に受け取る年金の生涯受益分は示されない。

これを把握するには、世代会計による推計が必要となる。詳細はこちらのDP論文をみて頂きたいが、NIRAの島澤諭主任研究員と筆者らが推計した最新の世代会計は以下の図表となる。

アゴラ第87回(図表)


この図表の横軸は「世代」(年齢)、縦軸は「生涯純負担率」(各世代の生涯賃金に対する生涯純負担)を表す。生涯純負担は「各世代が生涯に支払う負担(税・保険料)から、生涯に受け取る受益(年金や医療等)を差し引いたものであり、本当の「生涯税率」を表す。

そのため、生涯純負担率が47.1%の将来世代は、現行制度が続く場合、生涯賃金の約半分も生涯税率でもって行かれることを示唆する。他方で、75歳世代の生涯純負担率は6.9%に過ぎず、このような世代間格差が発生する主因は、恒常化する財政赤字と、賦課方式となっている年金等の社会保障である(注:厳密には公的年金は積立金をもつが理論的には賦課方式に近い)。

特に、現行の年金制度は、マクロ経済スライドで若い世代や将来世代になるほど、年金の実質的給付を削減する一方、年金の財源を確保するため、保険料などの負担は上昇する仕組みとなっている。これは、若い世代や将来世代の生涯負担は増すが、生涯受益は減ることを意味するから、世代間格差は拡大するのは明らかだろう。

では、年金制度をどう改革すれば、上記3つの死角は解決できるのか。これらの解決には、「最終的な増税幅と歳出削減幅の目標」「財政検証の年金分布の公表」「年金の世代会計の公表」が必要となる。

まず、政府は、2014年6月6日、年金・医療など社会保障改革を有識者で議論する「社会保障制度改革推進会議」の委員を発表した。今後の社会保障改革は、この「社会保障制度改革推進会議」を中心に議論されると思われるが、第1の死角を解決するには、社会保障の領域のみを議論しても意味がない。

社会保障の領域のみを議論しても、改革は細部の議論に終始するだけで、財政の安定化は図られない。それを避けるには、財政も一体で議論する必要がある。具体的には、以前の日経・経済教室でも説明したように、増税の限界も視野に入れつつ、財政の安定化を図るための「給付と負担のゴール」を議論する必要がある。

つまり、「高福祉・高負担」「中福祉・中負担」「低福祉・低負担」のどの国家を目指すのか明らかにし、その上で、財政の安定化を図るため、最終的な増税幅と社会保障抑制幅の目標を議論するのである。

次に、第2の死角であるが、モデル世帯の所得代替率を議論しても意味がない。むしろ、財政検証のモデルで、10年後、20年後、30年後、50年後の年金分布がどう変化していくかを明らかにし、その時の現役男子の平均年収と比較して、限られた予算の中で、低年金の高齢者をどう救済するかを議論する必要がある。

また、第3の死角であるが、これについては、財政検証と同時に、各世代が生涯に受け取る年金と生涯に支払う負担を明らかにする必要がある。そして、この解決には、「中長期のマクロ予算フレーム」「世代会計」「事前積立」などが必要となる。その詳細は、拙著『2020年、日本が破綻する日』(日経プレミアシリーズ)や『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHP研究所)でも説明している通りである。

財政に残された時間は少ない。いまこそ、年金不信を招く「楽観シナリオ」から政治も決別し、世代間格差の改善も含め、財政・社会保障の抜本改革を進めることが望まれる。

(法政大学准教授 小黒一正)