一昨年、米テレビ局を震撼とさせた2件の訴訟(その1)で、エーリオというベンチャー企業がはじめたクラウドTVサービスをめぐる訴訟の地裁判決を紹介した。地裁の合法(非侵害)判決を高裁も支持したため、テレビ局は最高裁に上訴していた。6月25日、米最高裁は一転して侵害を認める違法判決を下した。
この判決を日本の最高裁が2011年に下した類似サービスに対する判決と対比しながら紹介する。日本の判決は直近では「石あたま判決」を下した最高裁裁判官(その1)で紹介したまねきTV判決である。結論は同じ違法(侵害)判決だが、判決から読み取れる新技術、新サービスに対するスタンスが対照的だからである。
エーリオはデータセンターに日本の1円硬貨とほぼ同じ10セント硬貨のサイズの小さなアンテナをユーザごとに用意して、地上波を受信。これもユーザごとに割り当てた録画容量に40時間まで録画できるようにした。
上図のとおりアンテナはユーザーごとに2本ずつあるので、視聴しながら同時に録画することも可能。視聴、録画ともネット経由でテレビ受像器やパソコンだけでなく、クラウド時代にあわせて、スマホなどの携帯機器も含め最大5台まで受信できる。専用アプリやセットトップボックスを介さずに20局以上の地上波放送を視聴、録画できるサービスで、月額料金は録画可能時間によって8ドルか12ドル。
まねきTVは海外に住む日本人が日本のテレビ番組を視聴できるサービスを開発。仕組みは、①事業者は遠隔地からTV番組を視聴できるソニー製のロケーションフリーの親機をユーザーからあずかり、これにアンテナで受信した番組を入力する ②ユーザーは子機からネットを通じて視聴したい番組の送信を指示する ③指示にもとづいて親機でデジタルデータ化された番組がネットを介して子機に送信される サービスで月額料金は5040円だった。
まねきTVには録画機能はなく、携帯端末などで視聴できるクラウド機能もなかった。しかし、最大の相違は、まねきTVが海外など遠隔地から地元のTV番組を楽しみたいという視聴者向けのサービスであったのに対し、エーリオは地元の地上波TV番組をネットで視聴できるようにするサービスである点にあった。地上波の番組を再送信しているケーブルテレビ局、そして、ケーブルテレビ局からの再送信料も収入源としている地上波局のビジネスモデルを根底から揺るがすようなサービスである。
このため、2012年にニューヨーク市でサービス開始したエーリオに対して、ニューヨークのテレビ局17局が著作権侵害の仮差し止め訴訟を提起した。米テレビ局を震撼とさせた2件の訴訟(その1)のとおり、ニューヨークの連邦地裁は仮差し止めを認めなかった。高裁も昨年、地裁判決を支持したため、テレビ局は最高裁に上訴していた。
テレビ局は許諾なしに番組を流すのは、テレビ局の持つ「公の実演権」を侵害すると主張した。エーリオは、①番組を視聴するための機器を提供しているだけで、実演しているわけではない。②たまたま2人のユーザーが同時に同じ番組を視聴していたとしても、個々のユーザー専用のアンテナや録画スペースを使用しているので、公の実演を視聴しているわけではない と主張した。
米最高裁は1968年と1974年に相次いで、山の上のアンテナで地上波放送を受信し、同軸ケーブルで加入者宅に配信する現在のケーブルテレビのさきがけとなるようなサービスを提供した事業者に対する訴訟で、実演しているわけではないので、公の実演権を侵害していないと判断した。これを受けて、議会は1976年の著作権法改正で視聴者の番組受信能力を高めるようなシステム提供者も実演者に含まれるとした。
今回最高裁は、①1976年の著作権法改正は、単に視聴者の番組受信能力を高めるようなシステムも実演者に含まれるとしている。②エーリオはこの改正が意図した実演者に該当し、たとえ個別のアンテナや録画容量を用意したとしても「公の実演」にあたる。と判定した。
米国の「公の実演権」に相当する権利は日本では「公衆送信権」である。まねきTV事件でも、デジタルデータ化した番組をユーザーに送信する行為が、著作権者であるテレビ局の持つ公衆送信権を侵害しないかが争われた。最高裁は親機が子機に対して1対1の送信を行う機能しか有しなくても、誰でもユーザーになれるため、ユーザーは公衆にあたるとして、テレビ局の持つ公衆送信権を侵害するとした。
結論は同じ違法(侵害)判決だったが、新技術、新サービスに対するスタンスは対照的だった。エーリオ判決からは判決が新技術、新サービスに萎縮効果をもたらさないようにとの配慮が判決文からも読み取れるのに対し、まねきTV判決からは読み取れないからである。
萎縮効果に対する懸念が端的に示されているのが反対意見である。まねきTV判決は判事5人が賛同する全員一致の判決だったのに対し、エーリオ判決は 6 対 3 の判決だった。反対意見はエ―リオには何らかの形で侵害責任を負わせるべきだとしつつも、ケーブルテレビに類似したサービスを提供しているからという漠然とした理由では,新技術、新サービスに萎縮効果をもたらすおそれは払拭できない。現行法が想定しなかったような新技術、新サービスに対しては,新たな立法で対処することも考慮すべきであるとした。
当時の法律が想定していなかったケーブルテレビのさきがけとなるような新サービスに対して、司法による違法判断は避け、立法によって解決した1976年の著作権法改正を参考にしろというわけである。反対意見を書いたスカリア判事は中道派だが、これに保守派で鳴らすアリトー判事とトーマス判事が賛同したのも、イデオロギーに関連するような事件でないとはいえ驚きだった。
6人の判事が賛同した法廷意見の新技術、新サービスに対する配慮については(その2)で紹介する。
城所岩生