あきらめなはれ少子化対策 --- 山城 良雄

アゴラ

「姉ちゃん、さっさと妊娠せんかい」特定の女性に言ったら、かなり高度なセクハラや。そやけど、不特定多数の女性に向かって行政が率先して叫んでいる。少子化対策という言葉、ワシほど上品な表現ではないが本質は同じ。「とにかく生んでくれ」や。

そやから、「少子化対策(内容から言えば少子化防止策と言うべき)」、普通の女性には、決して気持ちの良い言葉ではない。性というプライバシーの中枢に、行政という他者が手をつっこんでくる不快感。しかもそれが正義の仮面を被っているから、始末が悪い。


例のセクハラ都議は、この正義の仮面を被り損ねたんやな。ヤジる相手の女性を純粋に人類再生産の基点と見なさず、性的快楽の対象と見なすニュアンスが(冗談にせよ)紛れ込んだから、ボコボコに非難されている。しかし、ワシに言わせたら、この問題をセクハラとして扱うと、議論が本質からどんどん離れていくように思う。

実際、35歳の独身女性が、少子化対策に関して議論することの意味は、もって真面目に追求されるべきやろ。というような話を前回はした。今回は少し別の角度から検討をしてみるで。

同じヤジでも発言者によって意味が違う。もし、「先ず、あなたが生みなさい」というヤジを飛ばしたのが、脂ぎった中年男性都議ではなく、子育て歴20年のママさん議員やったら、まるで構図が変わっていたはずや。そして、もっと重苦しい話になっていたやろ。

思考実験をしてみよう。あんたは、「おもてなし」とサッカーが弱いことで有名な、東洋の島国の独裁者や。立法・行政・司法全て思いのまま、予算も自由に使えるが、先代までの借金が1000兆円ほど……コラ、逃げるんやない。まだ、話は終わってへんがな。

独裁者であるあんたのミッションはただ一つ。来年以降の人口の自然減を食い止めることや。さあ、どうする。モデルになった某国のデータ【総務省統計局】 によれば、近年の出生数は、100万で減少傾向がはっきりしている。一方、死者数は、120万程度。これは増加して10年先から150万ぐらいが続きそうや。

主力になる20歳から40歳の女性の数は約1500万人、今後20年で1000万ぐらいまでは減りそうや。これを仮に「母親候補人口」と呼んでおこう。

とりあえず、来年の出生数を100万から120万に増やさなあかん。1400万人中20万人。70人に1人の割合で、望まない妊娠(厳密に言えば、国の都合による妊娠)をして、出産までしてもらうことになる。

避妊中絶の全面禁止、大阪をレイプ特区に(市長よろこぶでぇ)……したところで、とても足らんやろ。徴兵制ならぬ徴母制で、赤紙で女性を集めて……即効性のある対策は、必ず女性の人権を力強く抑圧する。国民の意識を変えるには時間がからるから、意識と無関係に結果を求めるなら、そうなるのは当たり前のことやがな。

実際の日本の少子化対策は、人口の維持までは望まないことと、「来年から絶対に」というタイトな制約がない点、思考実験より多少は楽なミッションになるやろう。そやけど、あまり悠長なことは言ってられん。

オリンピックのころに、やっと女性の意識に変化が見え始めるようなヌルイ対策をしたところで、「少子化を防止した」と言えるのかどうか疑問や。「母親候補人口」が激減するからや。現状のまま、この段階まで進んだら手の打ちようがない。公平に見て、少子化対策は、既に手遅れと考えるのが妥当やろ。

ついでに更に頭の痛くなる話をしよう。何のために子供を増やそうとしいるかと言えば、露骨に言えば国力を高めるためやろう。ならば、子供の数以上に質が重要になる。質の定義には深入りせんとして、少子化対策で急に増えた子供を、少なくとも今と同じ割合で、稼ぐ大人(=質の良い大人)にできると期待してええのやろうか。

常識的に考えれば、大きな経済成長が無い限り、稼げる大人の数は増えん。そやから、何の準備もせずに子供が増えれば、稼げない大人を量産してしまう。ニートと引きこもりの激増に、きっとなるやろ。

当たり前のことやが、子供をちゃんと育てるにはコストがかかる。それやのに、少子化対策をワーワーワーワー言う人が、保育や教育の質やついて熱く語るのを見たことがない。

それどころか、保育所の増設の話で、「東京都の認可保育所では、乳児室(赤ちゃん組の部屋)の基準面積が、国の基準の3.3㎡より広い5㎡以上であるのはけしからん」【「社会保障亡国論」鈴木亘、講談社新書、書評はこちら】という議論を見た。3.3㎡と言うとドッグホテル並の狭さや。これほど露骨に子供への愛情のない保育論を見たことがない。

少子化対策論者の、保育や教育の質に対する無関心や無責任は、必ずや育つ子供世代のキャラに反映する。ことの深刻さ、タチの悪さは、世界中で学園紛争をおこしたベビーブーマー世代の比ではないやろ。

思考実験を続けるで。2040年頃のある中学校の入学式での、校長あいさつや。

「入学おめでとう。君たちは、いわゆる少子化対策世代です。この学校でも今年から新入生が激増して、一クラスの人数が60人になっています。これも文部科学省の少子化対策世代教育効率化プログラムの成果です。先生の目は、ほとんど届きませんが、その分、お友達と仲良く自然淘汰をしてくださいね」

「でも、こうした境遇を恨んではいけません。おそらく、みなさんのうち半数近くは、ご両親からすれば、望まない妊娠によって生まれた子供ということです。国の少子化対策がなかったら、ゴム袋の中で干からびていた精子と、ナプキンとともに下水へ消えていた卵子が結合して出来たわけですから、生かしてもらっていることについては、ご両親ではなく国に感謝をしましょう」

「当然、自分しく生きるとか楽しい人生とかの贅沢な思想とは、今すぐ縁を切って、とにかく稼げる大人を目指してください。もちろん、「知識」ではなく「教室人数」の詰め込み教育を受けるみなさんは、まともな授業をする私立学校の生徒たちと比べると大きなハンデを背負うわけですから、奇跡でもない限り、稼げる大人にはなれないでしょう」

「そういう場合は、汗水垂らして牛馬のごとく働いてください。ただし、成果の分配を望んではいけません。私たち老人が全部いただきます。そして、定年の日に突然死してください。シャケやカマキリの雄を見習いましょう。自然の摂理は美しいですね」

子供達は、それから3年間、腰を据えて非行を学び、将来の進路は犯罪者かテロリストかで大いに迷うことになるやろ。もはや、少子化を心配している場合ではないと思うがのう。

今日はこれぐらいにしといたるわ。

帰ってきたサイエンティスト
山城 良雄