安倍首相は「拉致担当大臣」を兼任すべきだ --- 長岡 享

アゴラ

北朝鮮との外交交渉で、拉致被害者全員を奪還できるとの退廃した空気が、日本をおおいつくしてひさしい。従軍慰安婦問題において遺憾なく発揮されてきた政府・外務省の「事なかれ主義」(注1)は、国家の存立意義が問われる邦人拉致問題においてすら改められることはないようだ。

拉致被害者家族の方々が政府を信頼し、きわめて紳士的かつ抑制的に振る舞われるその痛切な懊悩に寄り添うことなく、いたずらに年月を重ねて数十年が経過してしまった。 こうした官僚の保身と打算によって国の名誉や国際的立場が貶められてきたことは今に始まった話ではなく、過去の対北朝鮮外交が教えている。

さらに元外交官と称する人物たちによる工作員まがいの言動が臆面もなく繰り返され、一定の地位を占めつつある。この原因が、独裁国家と「外交交渉」をするという思考それ自体に起因していると理解している日本国民が、どれほどいるだろうか。


1. 拉致国家との国交は、拉致を永続させる

忘れてはならないのは、北朝鮮が何人の邦人を拉致したのか、その実態は誰にもわからないことだ。現在日本政府が把握している拉致邦人が絶対にその人数に収まっているかについて、誰にも断定はできない。

ということは、もし北朝鮮が拉致した邦人が、日本側の把握している人数より多かった場合、人選に漏れた残留日本人には過酷な現実が待っていることになる。北朝鮮と「国交正常化」した場合、拉致された未認定邦人は、口封じのため確実に抹殺されるだろう。国交が成立すれば、拉致邦人の存在は有害無益となるからだ。

北朝鮮が提示する調査結果が真に正しい結果であると、政府はどのようにして判断するというのだろう。そのようなことが不可能であることは、普通に考えればわかるのではないだろうか。 今でさえ朝鮮総連やパチンコなど在日朝鮮人による資金提供が北朝鮮の屋台骨を支えている。国交を正常化するとは、北朝鮮を永続させることになる。

また、日本国内において拉致を手引きした実行犯/団体/工作網を残置温存させることにもなる。拉致奪還交渉において、日本側から拉致を手引きした在日朝鮮人あるいは日本人についてはどのように扱われているのか。

かつまた、韓国が「二つの朝鮮」を認めることを間接的に意味するこのような動きにセンシティブになっていない現状とは、韓国においても北の工作が進んでいる証左であり、韓国が北朝鮮と平和裏に統一ができると安易に考えているからであろう。

防諜機関のない日本が北朝鮮と国交正常化をなした場合、北朝鮮が工作員を国内に送り込んでくることが容易となる。また、拉致被害者と称して訓練された”工作員”が日本に送り込まれることは確実である。その結果、日本国民の生命財産は終生脅かされ続ける。

これは、国家の存立に関わる重大な問題ではないのか。

2. 拉致されたのは日本人だけではない

また、拉致されたのが日本人だけではないことを忘れてもらっては困る。日本人以外にも、韓国人、タイ人、レバノン人、中国人、マレーシア人、シンガポール人、フランス人、イタリア人、オランダ人、ヨルダン人、ルーマニア人といった広範な拉致の事案が確認ないしは疑われている(注2)。未確認のものも排除することはできない。これほど広範囲にわたる拉致工作網が、日朝国交正常化によって強化され、日本が率先して解明する手だてを閉ざすことになるのである。

もともと北朝鮮が日本と接触をはかってきた理由はあきらかで、人的交流を確実にすることで情報の取得(諜報)や工作/謀略活動がし放しになり、かつ資金確保が今以上に容易となるからにほかならない。実際、「金丸訪朝」(自民党副総裁・金丸信らの訪朝、1990年9月)の事前交渉において、北朝鮮が要求してきたのが「(一)パスポートの記載事項削除、(二)通信衛星の開設、(三)直行便の運航、(四)連絡事務所の設置」であった。自民党はあろうことかこれにあっさりと合意する(注3)。北朝鮮が国交を求める目的の一つが、いとも簡単に突破された瞬間であった。

本来は平和条約締結によってはじめて得られるべき利益──謀略工作基地としての大使館、領事館、通商代表部の設置など──を、北方領土返還と引き換えることなくソ連(当時)に与えてしまった鳩山一郎の愚行が、今も外交交渉において繰り返されている(注4)。このような”交渉”では、邦人を永遠に取り返すことはできない。

なお、鳩山にモスクワ行きを決断させたのは、抑留者からの嘆願書が多数手元に届いていたためだとも、ソ連に抑留されていた近衛文麿の長男・文隆を助けてほしいと懇望されていたことがきっかけだったともいわれている(注5)。北朝鮮が邦人二名を拘留して労働刑に処し、交渉の突破口にした手口と同一である(第十八富士山丸事件)。

3. 対北朝鮮交渉は「日韓基本条約」を破壊する

「国際連合総会決議第195号(III)」(1948年)や日韓基本条約(1965年)によって、韓国政府の法的地位は「朝鮮半島にある唯一の合法的政府」と規定されている(注6)。

ところが外務省は日朝国交正常化交渉を前提とするために、法解釈を捻じ曲げようとしている。つまり、韓国政府による単独選挙が38度線以北においては行われなかったため、38度線以北=北朝鮮との間に交渉の余地が存するというのである。

たしかに、国連決議の第二項において「臨時委員会が観察および協議することができた朝鮮のあの地域に対して」とし、朝鮮半島の全域に統治権が及んでいないことを示してはいる。しかしそのことをもって、朝鮮半島における唯一の合法的政府以外の国家を日本が認めるとの法解釈をなしていいという理由にはならない。

38度線以北において選挙がおこなわれなかったのは、いうまでもなく、中共とソ連に使嗾された金日成パルチザンが朝鮮半島を侵略したからだ。 北と交渉するとは、彼らの侵略行為を是認するという前提がなければ到底なしえない。ヒットラーと交渉・宥和したチェンバレン外交と何も変わらない。

北朝鮮と日本が交渉することは、侵略を容認することになり、日韓基本条約の取り決めに隙間を生じさせることになり、かつまた日本国民の血税を再び朝鮮半島に投入することになる。日韓基本条約の脱法行為を是認するかのような「償い金」を支出したことが、解決済みの国家賠償/個人賠償請求を隣国から呼び込んだように、国家と国民の生命と財産を守ることを前提とすべき政治家や外務官僚が、事なかれ主義や温情主義で脱法に手を染めることはあってはならない。

4. 「無交渉の交渉」以外に道はない

日本人を無条件奪還する交渉はひとつしかない。それは「無交渉の交渉」に徹することである。

「無交渉」とは、

(一)北朝鮮とは一切交渉(条件闘争)をしないこと、
(二)北朝鮮の人的ルートおよび資金ルートを遮断する国内政策、
(三)邦人奪還のための対北朝鮮への戦力投射(power projection)体制を完備すること、
(四)以上に例外を設けず国論とすること、をもって相手国と対峙すること、

である。

拉致被害者調査が始まってしまった以上、まず現在の拉致被害者調査にタイムリミットを設定・通告し、一切の変更を許さないこと。これをもって北への”最後通告”となす。引き延ばしを許さない。その上で、日本国内の外堀を埋める法整備を同時進行する。

北朝鮮への制裁関連事項を全省庁に提出させ・全国規模で一斉におこなうこと。たとえば、昨今議題に上っているカジノ法案は北の資金源であるパチンコ業界をそのまま温存させることになるため凍結、パチンコ自体についても禁止(注7)、法改正の上罰則規定を強化、違反者は国外退去措置のうえ入国禁止、朝鮮総連や関係施設の解体(その存在自体が外交における相互主義に反する)、パスポートの記載事項復活等々、いかなる 手段をとろうとも(by any means necessary)制裁の手を緩めてはならない。 無論、すべての人的往来も禁止する。これは文化、スポーツ、芸能、各種学校も例外はない。

さらに現在北朝鮮が在外公館をおいている国家に対して経済制裁を要請し、協力を取り付ける。友邦と敵性国家とを截然と区別する。裏を返せば、これほどまでに北朝鮮に対して打算的な関係を続けてきた不作為の罪は重い。

さいごに

北朝鮮との外交交渉や「国交正常化」というゴール設定の愚かさは、中華人民共和国との平和条約締結(および台湾との断交)、日ソ共同宣言から今日に至るまでの対ロ外交に匹敵する。日本を害するこの枢軸国家群に対して融和政策をなしてきたツケを本格的に払わねばならない日が眼前に迫っている。

武力なき国家は、武勇なき官僚・政治家を胚胎させてきた。国際法上正当と認められた自衛権の行使によって邦人を奪還しないかぎり、邦人を拉致された日本に存在価値はない。北朝鮮の”家探し”以外に拉致被害者は奪還できない。オウム真理教のサティアン(教団施設)を家宅捜索しなければ、麻原彰晃一人すら発見・逮捕できなかったのをもう忘れたのか。

北朝鮮の解体なくして拉致問題は解決しない。テロに屈しない国家とは、東アジアにおける北朝鮮の存在をかりそめにもゆるさないとの意思表示と言動によってのみ、現実のものとなる。

安倍首相は、みずから「拉致問題担当大臣」を兼任して北朝鮮に”最後通牒”をなし、「無交渉の交渉」で拉致被害者を全員奪還する覚悟を内外に示すべきだ。

1. 外務省は、「李明博(イ・ミョンバク)政権時期である2012年3月、民主党野田政権の佐々江賢一郎・外務次官が3項目の案を持ってきた。慰安婦問題について(1)日本の首相が公式謝罪をし(2)慰安婦被害者に人道主義名目の賠償をし(3)駐韓日本大使が慰安婦被害者を訪問して首相の謝罪文を読み、賠償金を渡すという内容だった」(「【コラム】慰安婦問題、「佐々モデル」が答えだ(1)」、、ともに『中央日報日本語版』2014年08月01日09時31分)。

なお、長岡享「対北朝鮮交渉の中身を知る方法」(2014年9月20日付)をあわせて参照のこと。

2. 「世界に広がる北朝鮮による拉致被害(救う会作成)」による。

3. 石井一『近づいてきた遠い国──金丸訪朝団の証言』日本生産性本部、1991年、pp.34。なお、この動向は対ロシア(旧ソ連)においても変わらない。このルートを断つためにも「無交渉の交渉」が絶対条件だが、政治家も外務官僚もこの基本的な事実を等閑視してきた結果が外交敗北となっている。

4. 米国との冷戦体制に備え、ソ連が工作拠点としての在日本大使館設置を焦っていることを熟知していた吉田茂(元外交官)は、捕虜・抑留者全員の調査と即時帰国、北方四島の即時返還を即時講和の条件とした。巧みな外交駆け引きでソ連を焦らし、北方領土返還は時間の問題となっていた。この外交駆け引きを破壊したのが鳩山一郎であった。なお、ロシアにとって「外交官=工作員」であり、在日大使館は謀略活動の拠点である。この点、自由主義国家における外交官・在外公館の位置づけ(情報収集、在外邦人保護)と異なる。

5. 堀徹男『さようなら、みなさん!──鳩山日ソ交渉五十年目の真相』木本書店、2007年、pp.53~54。ただし『鳩山一郎回顧録』(文藝春秋新社、1957年)にはこの件について、具体的な言及はない。なお、近衛文隆は、日ソ共同宣言が締結された直後に謎の死を遂げた。

6. 「国際連合総会決議第百九十五号(III)」(1948年)では「この政府は朝鮮における唯一のこの種の政府である」(第二項)、日韓基本条約(1965年)では「大韓民国政府は、国際連合総会決議第百九十五号(III)に明らかに示されているとおりの朝鮮にある唯一の合法的な政府であることが確認される」(第三条)とある。なお、国連総会決議一九五の訳文は『朝鮮問題戦後資料 第一巻』(神谷不二編、日本国際問題研究所、1976年、p.466)による。

7. 第七号営業(または七号営業)を廃止し、遊戯の結果による商品提供を禁止する規制強化。もともと”釘”の調整によって店側が控除率を恣意的に改変できるパチンコには、健全さのかけらもない。

2014年09月22日
長岡 享