GとかLとか騒ぐ前に、今の日本の大学は何なのか --- 城 繁幸

2014年11月15日 11:10

今週のメルマガの前半部の紹介です。

文科省有識者会議で経営共創基盤CEOの冨山和彦氏が示した大学再編構想、いわゆる「G大学L大学プラン」(以下冨山メモ)がものすごく大きな反響を呼んでいます。ざっとリアクションを見た感じでは

「その通り!現状の高等教育なんてぜんぜん社会の役に立ってないじゃないか」(by ビジネスパーソン)
「いやいや、社会の地力を高めるには教育のすそ野は広い方がいい」(by大学人)

といった感じで評価も真っ二つといった感じです。


筆者自身はといえば、だいぶ以前から日本の金太郎飴式の高等教育は限界に来ていて、企業側もへきえきしているというのが持論なので、冨山メモの方向性には賛成ですね。この際ゼロベースで議論すべきだろうと思います。

とはいえ、この問題、深く掘り下げてみるといろいろな論点も見えてきます。そもそもキャリアという観点からすると、GとLって何なのか。そして、なぜこのタイミングでGとLなのか。社会人のキャリアを考えるうえでも有益な材料が得られるはずです。

長期雇用の副産物としてのF

「役に立ってないから(特に文系は)ほとんどぶっ潰してしまえ」という議論がいきなり出てきて喝采を浴びてしまう日本の大学とは、そもそも何なんでしょうか。

日本の大学が企業から見て役に立ってない理由は単純で、企業が長期雇用を前提としているためです。バンバン転職するのが普通の社会なら、ある程度まで人材育成は外部機関に委託するのがトクですね。でも、20年30年と働いてもらうことが前提なら、ポテンシャルのありそうな人材に、自社に特化した教育をOJTで叩き込むのが得策です。結果、ピチピチしてて高偏差値の人材を一括で確保できる新卒一括採用が生み出されたわけです。

(技術系、研究系を除いて)企業は大学の成績証明書なんてみない、3年以上年を食ってたらアウト、文系で院なんて行こうものなら即アウト。こういう環境で、はたして真面目に勉強しようという学生がいるでしょうか。真摯に研究テーマに取り組むでしょうか。普通の人であれば、受験まで一生懸命頑張って、あとはそつなく単位だけ取得して最短で大学とオサラバする人生を選択するでしょう。こうして日本の大学は長い間レジャーランドと化し、“大学入学証明書発行窓口”として機能し続けてきたわけです。

さて、以上は企業から見た大学像ですが、大学側はそうした状況に対して、どういうスタンスで臨んでいたでしょうか。ただ傍観しつつ、淡々と高等教育を演じていたというのが筆者の見方です。以下に引用する文章は70年代の大学の風景について述べたものです。

500人ほど収容可能な大教室で、出席学生は三分の一程度。それにもかかわらず最後部にわざわざ席を取る学生もいた。それも単独ではない。カップルである。
(中略)
もっと驚いたこともある。私立大学は学生数が多いので、学年末の試験ともなると、授業担当以外の教員も試験監督に駆り出される。わたしとあと二人の専任教員が、非常勤講師の「〇〇社会学」の試験監督をしていた。そこでかなり驚いた。「教科書持ち込み可」という条件はあったにしても、この非常勤講師が書いた学位論文をまとめた上下で数千円(いまの物価で一万円以上)の本を、数百人が持ち込んでいたからである。
(中略)
試験が終わってから、同じ試験監督をしていた年配の先生に「あれはちょっとひどすぎますよね。学生がかわいそうだ」と言ったところ、返ってきた答えがふるっていた。
「きみ、非常勤講師手当は安いのだよ、ああして毎年学期末に上下の何千円もする本が何百冊か売れるからこそ、〇〇先生もうちの大学に来てくれるんだ」
「なあに、ほとんどの学生は授業に出てこないのだから、四単位を数千円で買えるのなら安いもの」

(「革新幻想の戦後史」竹内洋 中央公論新社 より)

筆者の大学時代にもばりばりいましたね、教科書持ち込み可でバカ高い自分の専門書を買わせる教官殿は。ご丁寧に古本屋対策に数年ごとに版を変えるセンセイまで。で、我々学生がそういう教官殿に怒っていたかというとむしろ仏様のように有難がり、〇〇先生は持ち込み可で教科書さえ買えばアンパイだ的な情報をやり取りすることに精を出していたものです。

ついでにいうと、上記引用文には「専任教員が非正規教員を安く使い倒す」といういまどきの雇用問題まで先取りされていたりもして、日本の高等教育の本質が垣間見られるなかなか微笑ましい文章だと思いますね。

フォローしておくと、真面目にアカデミズムに向き合っている個人はいっぱいおられますし、理系はそれなりに真面目に勉学に励んでおられる人が多いように見えます。でも、それ以外の部分では、社会との断絶に目をつぶったまま、大学ポストという超安全地帯にでーんと居座ったまま、やる気のない学生相手に、高等教育しているフリを続けてきたというのが実際でしょう。そういう意味で、現状の日本の大学はF(フィクション)型だ、というのが筆者なりの結論です。

以降、
未来のG大学はここだ!
GL構想の本当の狙いとは
「東京大学物語」と「ビーバップハイスクール」

※詳細はメルマガにて(ビジスパ夜間飛行BLOGOS


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2014年11月13日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった城氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。

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