28歳の女性監督—河瀨直美とレア・フェネール --- 中村 伊知哉

2015年01月08日 11:03

河瀨直美監督、フランス芸術文化勲章「シュバリエ」受賞おめでとうございます。

先日、病に臥せった昼下がり、体を落ち着かせようと、DVDを2本かけました。

何度も観た2本ですが、こういう日には、見慣れた名作を繰り返すのがいい。

河瀨直美監督「萌の朱雀」と、レア・フェネール監督「愛について、ある土曜日の面会室」。

「萌の朱雀」は1997年カンヌ映画祭キャメラドール受賞作。史上最年少の新人賞です。「愛について」は2009年作品、日本公開は2012年末。

いずれも、当時28歳だった両監督の本格デビュー作です。


静謐で老練な完成品でありながら、映像の明日を拓こうとする、その熱量にやけどします。

「萌の朱雀」は、ぼくが劇場で声を上げて泣いた唯一の映画。これまで何度も書きましたが。

西吉野村に静かに住まう5人の家族が、過疎の波に飲まれ、離散する。それぞれが、それぞれの想いを秘めて。

一切の説明を排し、対話だけで進みます。しかも、必要最小限よりも少ない言葉で、つぶやくように、とはいえ研ぎ澄ましたという力みはなく、あいさつのようなあたりまえのやりとりで、豊かで重たい物語が紡がれていきます。

大女優となった尾野真千子さんのデビューでもあります。彼女が地元の中学生のときに「発見した」と河瀬監督から聞きました。カーネーションで百貨店の支配人として共演した國村隼さんが脇を固めるとはいえ、あとの出演はみなさん地元のしろうとさん。10年後の2007年にカンヌでグランプリを獲得した「殯の森」と同じく、色のついていない人びとによるドキュメントです。

それらを覆う深い山々、木立ち、廃墟と光、8ミリフィルムに残る純朴な人びとのまなざし。コラージュのように映像が折り重なっていきます。映像でしか表せない、これぞ映画。

美しい。ありがとう。

「愛について、ある土曜日の面会室」は、3つの物語を一つに紡ぐ、こちらも重いフランスの傑作。

無垢な少女ロールが不良のアレクサンドルに恋をして、沈痛を知る女性に脱皮する。

怠惰で優柔不断なステファンが、愛を強く守る男へと踏み出すために入獄する。

息子を殺され、憎しみに凝り固まってアルジェリアから渡ったゾラが、苦しみを分かち合う。

3つの物語それぞれに、若い恋、闇の男ども、母と息子、ホモセクシャル、姉と弟、縦横の事情が絡み合い、刑務所が時空間の結節点として踊り場を用意する。

舞台はマルセイユ。

ぼくが夏に訪れた、ギラギラ陽気な港町ではない。フィルム・ノワールを思わせる、酒と煙にまみれた喧騒です。

美しい。ありがとう。

両作品には相違点と共通点があります。

「萌の朱雀」は、吉野の奥、青い山に囲まれ、しんとした村。人は柔和に微笑みつつ、口は重い。だから、ピアノの和音が澄み渡ります。「愛について」は騒音の波。罵声、絶叫、暴力。

でも、いずれも、ナレーションも説明もなく、対話だけの劇です。ムダなセリフは全くありません。だからといって、映像で分からせようとすることもありません。逆に、見せず、ほのめかし、解釈を観客に委ねます。河瀬監督は、父の死も母が倒れる場面も見せません。フェネール監督は、ステファンがピエールの仕事を引き受ける会話を横切るトラックで隠してしまいます。品があります。(おい、説明やめてくれよ! 幼稚な日米映画に接するたびスクリーンに叫びたくなります。)

前者は一家がゆるゆると離散に追い込まれる一つの物語。胸をむしられる、哀しくて愛くるしい別れです。一方、後者は3つの無関係な物語が刑務所を舞台にだんだんと交錯していきます。

ただ、いずれも、それらを紡ぐ編集がこのうえなく巧みです。時間差と空間差の心憎い組み合わせにうならされます。なお、「萌の朱雀」の編集は掛須秀一名人であります。
 
そしてキャスティング。前者はしろうとさんが中心。逆に後者はプロフェッショナルな役者で固めています。とはいえ、端正に整ったスター顔はいません。みな味とクセのある、北アフリカの、東欧の、ドイツの、そしてフランスの顔立ちで、抜群の演技を見せます。

イカれたロシア難民アレクサンドル役のヴァンサン・ロティエは、次作でジル・ブルドス監督「ルノワール」に出演、オーギュストの息子ジャン役として全く対称的な正当派演技を見せました。さすがにフランスは役者が厚い。

かつて大沢たかおさんに、「日本映画の弱点は役者の層の薄さです」と教えられたことがあります。最近、強く感じます。

最大の共通点は、冒頭のとおり、いずれも、当時28歳だった女性監督の本格デビュー作ということです。河瀬さんはカンヌ以降、世界のカワセへと育ちました。フェネール監督にも大きく羽ばたいていただきたい。

ところで今、20代って監督の可能性はあるんですか。

昔はそうでしたよね。

ジョン・フォード、レオス・カラックス22歳、小津安二郎、川島雄三、コッポラ24歳、チャップリン、トリュフォー、ルイ・マル、大島渚、スピルバーグ25歳、ヒッチコック、オーソン・ウェルズ26歳、ゴダール、ルイス・ブニュエル28歳。監督デビューは若かった。

その後、特に日本では、そう若くして監督にしてはもらえなくなりましたよね。

今はどうです? 昔のように、映画会社の門を叩いて、弟子入りして、修行つんで修行つんで昇進していく必要はなくなっていて、小学生でもカメラとPCで作れちゃう。

だとすれば、10代・20代にチャンスは広がっているのかしら?それとも、映像業界が厳しくなっていて、門戸は狭くなっているのかな?

次のカワセ、次のフェネールはどうすれば生まれてくるのかな?
 
いけません。臥せっているというのに、落ち着くために観たというのに、いらぬことを考え始めてしまいました。自問への答えは、治ってから考えましょう。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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