アルゴリズムが世界を支配する --- 中村 伊知哉

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クリストファー・スタイナー著/永峰涼訳「アルゴリズムが世界を支配する」。


ITはおろか、金融も音楽も医療もアルゴリズムが支配する時代の到来をエンジニアでありジャーナリストである筆者が丹念に描写します。面白い。

コンセプトをアルゴリズムに転用する「ハッカー」が新しい帝国を建設する。ビジネススクールの人びとではない。そのパワーシフトを描きます。芸術やデザインなどクリエイティブクラスが携わる領域も安泰ではなく、アルゴリズムが浸透しつつあるとします。

紀元前2500年頃にシュメール人が遺した粘土板を起源とするアルゴリズムは、ユークリッド、フィボナッチ、パスカル、ベルヌーイ、ライプニッツ、オイラー、ガウス、バベッジ、シャノンらの系譜を辿る。その解説も楽しいです。

まず、音楽。

ディヴィッド・コープが開発したアルゴリズム「アニー」の作り出した楽曲がクラシック音楽の教授の作品を凌駕し、バッハの曲なみに評価された事例が生々しい。ウォールストリートのトレーダーたちがアルゴリズムを敵視し、クラシック音楽界がアルゴリズム作品を拒絶する模様もうなずけます。

ジェイソン・ブラウンがビートルズ「ハード・デイズ・ナイト」のオープニングコードの謎をアルゴリズム解析したエピソードもワクワクします。29375個の周波数をサンプル解析したといいます。

解析の結果、ジョージのリッケンバッカー12弦ギターに加え、ジョンが6弦でC5を、ポールがヘフナー・ベースでD3を、そしてジョージ・マーティンがスタインウェイのピアノで5つの音を重ねていたというのです。へぇぇ、そりゃコピーできんわ。

その他さまざまな分野へのアルゴリズムの浸透を描きます。

マネー・ボールが描くように、オークランド・アスレチックスを優勝常連に導いたのもアルゴリズム

ダニエル・スパイヴィはシカゴの先物とNYの現物との情報の速度を千分の4秒縮めるため、160km短いルートに光ファイバーを通し、他社の十倍に当たる年300万ドルの通信料金を提示。超高速アルゴリズムの世界も物理的なハードウェアに規定されるという話。

筆者は医学への展開を期待しています。米国民と、医療費が1/10以下のキューバ国民の平均寿命がほぼ同じという事実を踏まえ、医療費を抑える手法としてアルゴリズムの導入を説きます。

SUNの共同設立者ビノッド・コースラは、医療ニーズの90~99%はアルゴリズムを使った正確・安価な医療に置き換えられ、ごく普通の医師は必要なくなるといいます。

2008年には、全米株式市場の取引量の60%は自動化されたアルゴリズムによるものに達していた。金融業界はあらゆる優秀な理数系人材を大学院からかき集めていた。MITの大学院卒業生の1/4がウォールストリートに就職したといいます。

リーマンショックにより事態は一変、優秀な理系人材が金融を目指す時代は終わり、シリコンバレーに向かったそうです。高給な仲介業者よりも、リスキーでも建設的・創造的な仕事を目指すようになったということでしょう。

90s後半に西海岸に向かった人材が2000年のネットバブル崩壊で東海岸に向かい、リーマンショックに西海岸に戻り、現在のスマート化・脱スマート化を支える。改めてアメリカの振り子のようなダイナミズムを想います。

筆者はGoogleカーに関し、年3万3千人に上る米交通事故死のほとんどが人的エラーによるものとし、アルゴリズムが運転するようになれば事故死をほぼなくすことができるかもしれないと説きます。

MITのブリニョルフソン教授(訳ではブリンジョルフソンと書かれているが、ニョと読みます)の書いた「機械との競争」は、多くの仕事が機械に取って代わられると警告するが、筆者は弁護士や物書きも例外ではないとします。

これに対し筆者は、敵対するのではなく、「慣れ親しむ」ことを説きます。そして、理数系の教育が逆に不足しているとし、全高校生が一度はプログラミングできるカリキュラムを組め、としています。

賛成です。
 


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年4月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。