「労災療養中でも解雇可能」とかいうミスリード

2015年06月10日 10:18

今回は「労災療養中でも解雇可能」などというわけのわからないメディアの見出しにより話題となっている専修大学の解雇裁判についてです。



労働基準法19条で、確かに労災による療養中の労働者を解雇することは禁止されています。しかし、療養開始後3年が経った労働者に対して平均賃金の1200日分の「打切補償」を支払った場合はこの限りではありません。

なので、わたしには「労災療養中でも解雇可能」なんて驚いたり、煽ったりするメディアの気が知れません。条件付きとはいえ、法律上はずっと前から可能だったわけですし、今回の事件で専修大学はきちんとこの労働基準法19条に基づき打切補償を支払った上で解雇を行っているからです。

専修大学事件の本来の争点

この事件の本来の争点は、労働基準法上の療養補償(労働基準法75条)と労災保険法の療養補償給付(労災保険法12条の8第1項1号)が同一視できるものなのか全く別のものなのかという、非常にマイナーなものです。

順を追って説明しましょう。

まず労基法の療養補償についてですが、これは労働災害の被災者に対して会社が医療費等を補償するものです。ただ、現在の日本で会社からこの療養補償を受けている労働者はまずいません。もらったことがあるという労働者もいないでしょう。

なぜなら、その代わりに労働災害の被災者には労災保険から療養補償給付という形で医療費等が支給されているからです。労災保険は強制加入ですし、労働基準法84条では労災から同様の給付がある場合、会社は療養補償等の責を免れるとされているため、会社が療養補償を支払うなどということは実務上まずありえません。

よって、療養補償と療養補償給付を同一視するのは当然のことのように思えます。

しかしながら、専修大学が原告に支払ったとされる平均賃金1200日分の打切補償のことが書いてある労働基準法81条は以下のようになっています。

(労働基準法)第75条の規定によって補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。

労働基準法第75条とはつまり療養補償のことですが、見ての通り、この条文には労災保険の療養補償給付についてはなにも書かれていません。

よって、療養補償給付が労災から出ていようが、会社が労基法上の療養補償をきちんとしてない以上、療養開始後3年以上経っていようが平均賃金の1200日分を支払おうがそんなものは打切補償とは言えない、というのが原告である労働者側の主張でした。

驚くことに下級審および高裁はこの主張を支持しましたが、最高裁はいやいや療養補償と療養補償給付は同じものと考えるべきだという判断を下し、高裁に差し戻したのが今回の専修大学の事件の判決だったわけです。

逆に言えば、それ以上でもそれ以下でもないのが今回の判決で、解雇の正当性等については検討が不十分だとして高裁に差し戻しています。

判決文(リンク先pdf)

打切補償の金額から色々計算してみる

いかがでしたでしょうか。よくわからなかった方々のために最後に下世話なお話を

今回の事件で労働者がもらったとされる打切補償の額は1629万円だそうなので、ここに退職金などが含まれていなければ、これを1200で割ったものが平均賃金となり、1日あたりの平均賃金13575円を算出することができます。月収にすると約40万円ほどですね。

労災で休業すると休業補償給付として、平均賃金(労災では給付基礎日額といい、下限と上限が設けられる)の8割が支給されます。なので、この労働者には10860円が、労務不能期間のあいだ毎日、労災保険から支払われます。労務不能期間に休日は関係ないので1ヶ月で約32万円もらえるわけです。税金や社会保険料のことを考えると、働いていた時と手取りはほとんど変わらないのではないでしょうか。もちろん、労災による傷病の医療費も療養補償給付として全額労災から出ます。

ただ、休業補償給付および療養補償給付は傷病が治癒(病状固定)してしまうともらえなくなってしまいます。その代わり、治癒しても障害が残った場合、障害が重いと毎年の年金として、軽い場合は一括払いの一時金として障害補償給付が支払われます。

また、よく勘違いされがちですが、労災保険は会社を辞めてももらえます。

さらに労災保険の保険料はすべて会社負担ですので、労働者からすると公的保険、民間保険を含めここまで手厚くてコストパフォマンスのよい保険はないのでは、と思います。

川嶋英明(社会保険労務士)

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