下流老人になりたくなければ



私は老人福祉に関わる仕事をしている。

老人福祉とはまず金の問題である。利用者はいくらかかるかを気にするし、少しでも安く、できれば無料の施設に入りたいと思っている。ところが、適切な福祉の利用方法を助言する人が身近にいないために、無駄な金を使っていたり、本来利用できるサービスにたどり着かない人がたくさんいる。

世間に流通している、老後不安を煽る情報の大半は、「老後のために貯蓄せよ、保険に加入せよ、投資せよ、家を買え」という内容であり、福祉の利用方法をまじめに検討していない。

本書に登場する「下流老人」のケースも、すべて、「福祉の利用手続きをしない、あるいは知らないので、貧困に苦しんでいる人々」である。この場合における福祉とは、雇用保険、生活保護、障害年金、高額療養費制度、介護保険である。老人本人の家計を他の家族から分離する「世帯分離」も有用だ。

現代日本の福祉の問題は、保障される生活水準が低いことではなく、利用手続きが難しいことである。

本書でも指摘されているように、日本の福祉は申請主義であって、黙っていても、政府が金を恵んでくれるということはない。利用者側が積極的に政府の担当部署に出向き、職員から説明を受け、書類を作成して提出しなくてはならない。

著者は、政府側が福祉対象者を探し、利用を勧奨し、手続きを手伝うべきだと主張している。もっともである。しかし、それには公務員の増員が必要であり、制度改革には長い時間がかかる。家賃補助などのベーシックインカムも有用だが、やはり、政治的合意には時間がかかる。

個人にできる対策として、著者は、「人間関係を維持すること」を挙げている。一般市民による互助をセーフティ・ネットとしようということだ。

しかし、問題がある。我々は、同程度の人たちしか仲間にしない。自然に任せれば、リテラシの低い人どうしが集まってしまう。リテラシの高い人が、低い人に、無料で福祉の利用方法を教えてあげるということは、自発的にはおこらない。認知症患者は人間関係が壊れているので、周囲に助けてもらうことは難しそうである。

私がお勧めしたいのは、「見守りサービス」に加入することだ。専用の監視装置や通報装置は必要ない。月1回の訪問見守りサービスでいい。月5,000円くらいである。本人と面談し、住居を点検し、異常があれば、親類縁者への通報、病院受診、要介護認定、成年後見、障害年金請求、生活保護申請につなげてくれる。その一例がこれだ。
さいたま終活なんでも相談室

「その5,000円が払えない」とおっしゃる方もいるだろうが、家族が同様のみまもりをしたら、隣に住んでいない限り、そのくらいのコストがかかる。しかも、異常を見つけたとしても、福祉利用手続きをすることは大変である。行政は縦割り構造になっており、窓口は別々である。制度を学習して、適切な手続きをする手間(コスト)は非常に高い。専門の業者(行政書士、司法書士、社会保険労務士)に代行してもらう方が、よほどコストが安い。手続費用は、生活保護でも障害年金でも、5万円くらいだ。

公務員が足らず、サービスが不十分であるなら、自分で金を出して、サービスを買うしかない。見守りと福祉手続き代行費用を貯めておくことが、現実的な老後の貧困対策だと思う。