文部科学省「デジタル教科書の位置づけに関する検討会議」に出席してきました。初等中等教育局教科書課が主催で、東北大学・堀田龍也教授が座長をお務めになる会議。
ぼくは委員ではなく、デジタル教科書教材協議会DiTTからのヒアリングとして呼ばれた次第。
冒頭、ここに至る経緯と状況について簡単に説明しました。
・DiTTは1人1台の端末とネット環境、全教科のデジタル教科書の整備を推進してきた
・3年前には、デジタル教科書を「正規化」するための「制度改正」を提言した
・国会議員、政府職員、法学者、弁護士、経済学者等のチームを作り、法案も用意した
・3年前、政府・知財計画で法的位置づけ等の課題を「検討」すると約束がなされた
・しかし3年間、「検討」は始まらず、ようやく今回、この会議の開催に至る
・ IT政策でも、1人1台を2010年代中に進める閣議決定がなされている
・有識者、産業界リーダー、全国自治体の首長らによる制度改正の運動も進めている
・国会でも遠藤利明五輪大臣が会長を務める超党派の議員連盟が設立された
・今158の自治体がタブレット配備を進め、民間企業も動いている
・しかし日本の教育現場でのICT活用や端末普及率は諸外国に大きな遅れを取っている
もはや議論の段階はとうに過ぎ、いかに実行するかの段階です。
しかし、この会議でも、その他の関係者の集まりでも、今なお教育情報化に対する疑問や反対の声はあります。
ここでドライブをかけなければ、日本の教育情報化は機会を失うでしょう。
そこで、続いて以下のとおり私見を述べました。
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DiTT5年の活動を通じて、最も多く受けた指摘は「情報化のメリット」は何かというもの。これに関し一番ショックだったのは、韓国を訪問して、先生たちに同じ質問をした時のこと。みなさん笑いながら、「またその質問か。日本人はみんなそれを聞く。そしてそれを聞くのは日本人だけだ」と言うんです。
つまり、PCやネットが普及して20年、メリット・デメリット論などはとうに終わっていて、いつまでにどう普及させるかだ、というのです。そのとおりです。それが3年前のこと。
効果の検証についても、よく聞かれます。既にいろんなデータがあります。文科省も実証研究を重ねてきていて、さまざまなデータを踏まえて、専門家が議論した上で、学習意欲、理解度、思考力にプラスといった総括をしています。当たり前です。
ICTを使えば理解度が向上したという文科省の研究成果もあれば、1人1台導入した小学校で調べたところ、楽しい・わかりやすいという評価だったという総務省の研究成果もあります。
もちろん、こうした効果検証はこれからも続けるべきです。50年でも100年でも続ければよろしい。紙の教科書でも、学習効果の研究は今も続いているのですから。
しかし、いつ導入するかは、それとは別に、「決め」なければなりません。
国や関係者のみなさまは、その決断の責任を負っています。
むかし、為政者や先生方が、紙と黒板と鉛筆の導入を決めていなかったら、海外がどうあれ、今もわれわれは和紙と筆で勉強していたかもしれません。
逆に、教科書だけ紙であることのメリットは何かを問うべき場面ではありませんか。
映画もテレビも音楽も、そして雑誌も新聞も通常の書籍もデジタル化が進んでいます。PCとネットを使わなければ職につけない社会です。その中で、デジタル化に疑問をもつ方は、教科書だけが紙で残ることのメリットを証明すべき時期に来たと思うんです。
結局、問題はコストでしょう。
情報化にはお金がかかります。日本はGDPに占める公教育支出がOECDで最低、つまり公教育におカネが使われていない国です。かけるべきです。
例えば年間1000億円の追加支出が必要だとしても、かつて道路予算は10兆円ありました。年数日、道路工事を休めば教育が一変する規模です。これを高いと見るか、安いとみるか。
これは、教育政策だけでなく、国家政策全体の中で考えるべきことだと思います。
その他、教育情報化には、いろんな心配・不安が寄せられます。
授業が画一的になる、読まなくなる、書かなくなる、目が悪くなる。いろいろ寄せられるのですが、ほとんどはアナログかデジタルかの問題ではありません。
紙の本でも読ませなければ読まなくなります。私の目が悪いのはPCではなくて紙の本のせいです。アナログでもデジタルでも、どういう使い方をするかで変わります。道具の使い方の問題です。
最も厄介な問題は、デジタル化で教育が大きく変わることに対する漠然とした不安感でしょう。これを解消して豊かな教育を実現するには、まず導入して広めていって、先生や子どもたち、保護者たちの理解を得ていくことが大事だと考えます。 以上
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さて、私のプレゼンは、メリット・デメリット論を超えて、実行論に移りましょう、という趣旨でした。しかしその後の議論はやはりメリット・デメリット論が中心になっていました。
この会議がしかと方向づけができるか。大事な会議です。委員の多くも、前進させるべく参加しておられます。期待したい。後押しできることがあれば何なりと行いたい。
ハードルは、この会議ではなく、その外にあります。文科省が「やろう」となったところで、財務省は、国会は、学校現場は、みんな「やろう」となるのかどうか。早くそちらに運動を持って行きたいところです。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。