吉本興業の正体 !? --- 中村 伊知哉

文庫 吉本興業の正体 (草思社文庫)
増田 晶文
草思社
2015-06-02


増田晶文さん著「吉本興業の正体」。
吉本せい、林正之助さんらの創業期から、1930年代エンタツ・アチャコ、春団治の黄金期、70年代のTV時代、80年代の東京進出、90年代以降のデジタル時代、その100年を描く。

2007年刊行の書籍、8年後に単行本化された518ページ。同い年の関西人で、同時代同文化を生きた増田さんの筆致は、ぼくの半生とシンクロしすぎて、読み通すのにとても時間がかかりました。

吉本の大崎社長を描いた本のことは、かつてブログに書きました。この本とも随分シンクロしました。
「吉本興業社長大崎洋物語「笑う奴ほどよく眠る」。」
 http://ichiyanakamura.blogspot.jp/2013/08/blog-post_12.html

吉本史にある多くの山場で、増田さんと共振するのは70年頃のブームです。60年代後半から70年頃にかけての笑福亭仁鶴さんに関し「あの頃の仁鶴を肌身で知ることができた私は幸せ者だ」というコメントに同意します。

71年なんば花月のお笑いタレント調査では、1位仁鶴、2位コメディNo1、3位岡八郎、4位やすしきよし。このランクが「実感を伴って理解できる」にも同意です。当時のガキどもは「爆笑」を求めていました。

坂田利夫さんは平和ラッパや藤山寛以来の「アホ」芸人だが、この系譜が途絶えてしまっているのが寂しい、というコメント。花紀京さん追悼番組での、これからもアホを続けます、という坂田さんのコメントにぼくは泣けました。

70年の土曜日、半ドンで帰宅し朝日放送で角座中継、吾妻ひな子・桂小米(後の枝雀)、柳次・柳太などを見て、2時から岡八郎・船場太郎・山田スミ子の吉本新喜劇を見ていたとあります。同級生男子の9割は同じ行動でした。

土曜は松前屋のえびすめ・とこわか、阪神村山実のダイヤモンドバス、十全練炭、みすず豆腐、そのあと、新東洋・いろはという名の旅館のCMで吉本新喜劇が始まる。なんてことをぼくも18年前に書いていました。
http://www.ichiya.org/jpn/column/macpower/11.html

(ところでこのMac Powerの連載は現役官僚の頃だけど、よくこんな乱暴なコラムを、役所もアスキーも許していたもんだと思います。)

名前が並ぶ芸人も、Wヤング、伴大吾、谷茂、「ただ首を振って舞台を行き来するだけという芸」の淀川吾郎、そして北京一・京二といったところが、読者を置いてきぼりにする感じでいい。岡八郎さんへの想いに8ページを費やすのも共鳴します。

次いで、80年のマンザイブーム。
東京には漫才師がツービート、セントルイス、コントゆーとぴあぐらいしかいなかったという回顧。西はB&B、のりおよしお、紳助竜介、サブローシロー、阪神巨人、いくよくるよ・・厚かったですよね。

のりおよしおやサブローシローが好きな筆者が「ツービートのどこがそんなに面白かったのか、今もってまったく理解できない」、紳助竜介も、という点にも、同意です。漫才好きは、一人の多彩な天才より、二人の漫才。

そしてダウンタウンの登場。「すべての既成を突破」という破格の描写は誇張ではありません。そのパンクな進撃は、大崎洋物語「笑う奴ほどよく眠る」を併せ読むことを勧めます。

林裕章元社長:日本の演芸界は芸人の格をキャリアや門閥で判断するが、吉本は実力だけが物差し。

ですよね。対して東京の落語界は真打ちや前座という階級制ですが、それがもたらすメリットって何なんでしょう。

筆者は「芸人はカタギ・素人ではなく、ヤクザ・玄人であってほしい。芸人は異能者でなければならぬ。」と説きます。うむ。こういうことを言い難くなった世間は、文化を薄めると危惧します。

ヤクザとの関わりを一切禁じた林正之助さん、山口組田岡組長の葬儀に列席した紙面をカウスさんに見せられて、「双子の弟ですよ。しゃーないやっちゃ。あいつにも、きつう言うとかんとあかんな。」この切り返し!

合弁企業を作った東京電力の方が「吉本のスタッフが入った会議は、とにかくおもしろい、何かあったら笑わせにかかる。」その経験、ぼくも何度もあります。笑わすために会議セットしたでしょう、いうやつ。実にはかどらないんです。

中田カウスさんの吉本評「マネージメントという名の合法的な人身売買、テキヤ稼業の巨大化したもん」。うまいこと言わはる。一方、「吉本興業が持つ資質は、勤勉、情熱、刺激、狂気の4つ」とも。うまいこと言わはる。

本書に登場する大崎さん、岡本昭彦さん、中井秀範さんら幹部が酒を呑まないという記述。はい。飲み会に行ってぼくだけべろんべろんということもあります。カウスさんの言う勤勉、そして狂気です。

カウスさん、吉本が買収されたら社員は即刻自分でプロダクションを作るし、芸人はすぐ移籍して、吉本はもぬけの殻になる、という指摘。それでハゲタカも買収をあきらめたという話がありますね。絆、であって、会社、じゃないと。

本書が出された後、吉本興業はさらなる変化を遂げました。大崎さんが社長になり、非上場化して、創業家とも縁が切れ、自由となりました。ネット展開、海外展開に力が入り、沖縄と京都で国際映画祭も実施。凄みを増しています。

吉本芸人を総動員するとツイッターのフォロワーは2000万人を超え、世界ベスト3に入る。「これを、どないかしよやないか」と大崎さんが語っています。どないしはるんやろ。

あとがきの最後に、出版社の人が「吉本のタレントのファンはこの手の本を買わない。この手の本が好きな読書人は吉本に興味がない」と言っています。ぼくは吉本に興味があって、タレントファンですが、この本を買いました。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年12月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。