射倖契約が犯罪でないためには

森本 紀行

160202

射倖契約は、偶然の事象の生起に関し、契約当事者の一方が、他方に対して、あらかじめ定めた給付の履行義務を負うものであって、基本的に、賭博や富くじのように、犯罪である。


しかし、射倖契約のなかには、法律で合法化されているものがある。競馬、宝くじ、保険、保証、オプション取引などである。これらは、社会的必要性のほか、正当な取引としての要件を備えるものとして、特別に認められた射倖契約なのである。

その要件とは、不確実性の統計的制御可能性と取引条件の公正公平性の二つである。不確実性の統計的制御可能性というのは、取引条件を経済合理的に定めるために必要な前提で、取引条件が経済合理的である限りにおいて、それは公正公平たり得るのである。

例えば、AとBの間で、ジャンケンに負けたほうが勝ったほうに100円を与えるという契約は、可愛らしい賭博だが、この賭けの価格は、50円と論理的に計算できる。統計以前の問題として、論理的に決まる。双方が、最初に50円を出し合い、その合計100円を前にして、ジャンケンをし、勝者が100円をとる、これは、賭博とはいえ、全く公正公平な経済取引である。

もっとも、通常は、敗者が勝者に100円を支払うという省略された約定にするのだろうが、その経済的意味を合理的に解釈できる限り、賭博とはいえ、あまりにも筋の通った合理的な娯楽的取引のように思われる。でも、形式的には、賭博だ。さて、可罰性があるだろうか。

保険の契約は、事故率を経験に基づく統計的確率として数学的に算定し、それに基づいて、保険会社が契約者から保険料を貰うのだから、全くもって、経済合理的で公正公平な取引なのだ。同様に、保証も、事故率の合理的予測から保証料が定められ、オプションに至っては、原資産の価格変動の統計実績に数学的処理を施して合理的なオプション料が算出されているのだ。ゆえに、保険、保証、オプションなどは、いずれも公正公平な取引である。

しかし、賭けの胴元取り分のように、取引条件が不公平で、一方に有利になる場合もある。合法的な競馬や宝くじは、主催者である地方自治体等の資金調達を目的として合法化されているわけだから、最初から主催者の取り分だけ、馬券や宝くじの購買者に不利にできている。しかも、主催者の取り分は極めて大きいのだから、経済取引としては、著しく不公正である。ゆえに、馬券や宝くじは、正当な投資対象にならないのである。

一方、法政策的には、地方自治体等の資金調達という公益を重視し、歴史的に根付いた庶民娯楽の社会性を考慮したうえで、合法化されているわけである。逆にいえば、公共的な利益がない限り、民間事業者が胴元として利潤をあげ得る賭博には合法性を認めないというのが、日本政府の考えであろう。

なお、馬券や宝くじの購買者は、最初から不利益を承知している。条件が開示されているからである。不利益を承知で「夢を買う」人について、政府がどれだけ介入すべきなのかは、法政策や刑事政策の問題である。民間事業者の賭博事業でも、胴元取り分が事前に開示されている限り、違法とすべき積極的な理由はないのかもしれない。しかも、そこに競争原理をもち込めば、胴元取り分の合理化も期待できであろうし。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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