昨日、この記事をハフポストに投稿したのですが、24時間を過ぎても掲載されないので、アゴラに転載します。
自動車をはじめ、あらゆるものがネットに接続される時代が見えて来た。路側に設置されたセンサーからの情報などを利用して、目的地まで自動走行する新しいタクシーサービスでは、センサーメーカー、国や都道府県などの道路管理者、自動車メーカー、情報サービス業者などの協力が不可欠になる。
人手に頼ることの多い健康・医療・介護も、情報通信技術の活用によって効率化され、新しい価値が創造される。血圧・脈拍などのバイタル情報を日常的に自動測定して健康指導を受け、緊急時だけに通院を求める遠隔医療サービスは、慢性患者の状態を維持するのに役立ち、病院の混雑を緩和する。このサービスには、バイタル情報測定器メーカー、通信事業者、平常と緊急を識別するシステムを提供する情報サービス業者、医療機関などの協力が必要になる。
ネットに接続された新しいサービスには、一社だけでは提供できないという、共通の課題がある。
遠隔医療や自動走行タクシーを、患者宅ごとに、あるいは地域ごとに、一から設計するのは実際的ではない。センサーなどのデバイス、ネットワーク、情報処理といった要素は、できる限り既存のものを組み合わせて安価に済ませたい。また、サービスを臨機応変に提供するために、要素と要素の相互接続・相互運用技術基準をあらかじめ定めておくのがよい。
この技術基準を標準といい、これを定める活動が標準化活動である。ネットに接続された新しいサービスを提供するために、標準化活動が活発化している。
標準に知的財産権(特許権)が関係する場合、標準化団体は特許権者に「有償あるいは無償での、非排他的な使用許諾」を要求する。そして、要求に応じなければ特許技術は標準から排除されるようになっている。これは、「独占性」という特許根源の権利を否定するものである。
標準を実施する者は、実施の前に使用許諾を得るのが原則である。しかし、使用許諾を受けず、特許使用料を支払わずに実施するルール破りが横行するようになり、特許権者は差止請求訴訟を提起して対抗するようになった。このような訴訟提起には「当該製品の市場における競争を実施的に制限する私的独占」と見なされる場合もあるとして、公正取引委員会は「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針」を一部改正した。こうして、特許の持つ独占権に加え、実施許諾権も制限された。
ネットを介したサービスには標準化活動が欠かせないが、それに参加すれば、特許権は風前の灯火になる。それでも、標準化活動に参加する企業のインセンティブは何か。「独占禁止法の指針」を一部改正したことで、企業のインセンティブをそぐ恐れはないのか。競争政策が知的財産権を否定してよいのか。
国際競争力を特許で評価するとして、出願数について議論されることが多い。最近も日本経済新聞の「やさしい経済学」が出現数と競争力の関係を論じていた。しかし、事態はそれほど「やさしい」わけではない。今では、単に特許を持つというだけでは企業としては不十分である。標準化に供する代償として特許使用料を得れば構わない特許と、自社サービスを差別化するために利用する特許を分別する戦略が必要になる。
2016年2月17日に開催された日本知的財産協会のシンポジウムでは、経済産業省の井上宏司局長が「わが国の標準化戦略について」と題して基調講演し、公正取引委員会の指針に言及した。その後のパネルでは、僕が競争政策と知的財産権の矛盾について指摘した。また、僕が理事長を務める情報通信政策フォーラム(ICPF)で、2月29日にシンポジウムを開催することにした。どうぞ、ご来場ください。
山田 肇 -東洋大学経済学部