「ゼロリスク」を求める裁判官

2016年03月10日 09:38

きのう大津地裁は、高浜原発3、4号機の停止を命じる仮処分決定を出した。現実に運転している原発を止める決定は、日本で初めてだ。去年の福井地裁の差し止め決定はその後、本訴で取り消されたが、隣の滋賀県で差し止め決定が出るとなると、原発の正常化は容易ではない。

仮処分決定を読んでみた。論点はいろいろあるが、骨格は単純である:

  1. 原発の安全性の挙証責任は関西電力にあり、リスクがゼロでない限り原発は運転してはならない。

  2. 福島第一原発事故の原因究明は今なお道半ばであり、新規制基準が正しいかどうか不安である。
  3. 基準地震動が700ガルで十分かどうか、電力会社の資料ではよくわからない。
  4. したがって高浜3、4号機のリスクはゼロではないので、運転してはならない。

「原因究明が道半ば」というのは、何を基準にしているのか。政府事故調も国会事故調も、事故の原因は津波による電源喪失だということで一致している。「基準地震動」は、それを超えたら原子炉が破壊されるという地震動ではなく、福島第一の場合は、基準地震動438ガルを大きく超える548ガルの地震が来たが、配管は破断せず、緊急停止した。

このように「よくわからないからリスクはゼロではない」という論理は、何にでも使えそうだ。たとえば

  1. 建物の安全性の挙証責任は建設会社にあり、リスクがゼロでない限り高層ビルは建設してはならない。

  2. 東日本大震災の原因究明は今なお道半ばであり、建築基準法が正しいかどうか不安である。
  3. 今の耐震基準で十分かどうか、建設会社の資料ではよくわからない。
  4. したがって高層ビルのリスクはゼロではないので、建設してはならない。

こういう論理は、他にも使える。たとえば年間11万人死んでいるタバコのリスクは、原発よりはるかに大きいので、タバコも製造禁止だ。旅客機のリスクもゼロではないので、航空会社も運航禁止だ。

そういう判決が今まで出たことがないのは、建物にも旅客機にも安全基準があり、国土交通省が技術的に妥当と考えられる基準を設定しているからだ。原発についても同じだが、大津地裁は「リスクがわからない」ことを理由にして運転を差し止めた。

今回の決定では「原子力発電所による発電がいかに効率的であり、発電に要するコスト面では経済上優位であるとしても、それによる損害が具現化したときは必ずしも優位であるとはいえない」と書いている。

これはすべての原発の運転による経済的な便益を1回の事故の損害と比較する、よくある錯覚だ。福島の賠償額は今のところ6兆円程度だが、原発で発電するエネルギーは、それをはるかに上回る。何度も書いているように、

 リスク=被害×確率

だが、マスコミで大きな見出しになるのは、被害が大きくて確率の低い大災害で、裁判官のような素人もそれに引っ張られる。今回の決定には、事故のリスク計算も「確率」も出てこない。事故から5年たっても、多くの人が「ゼロリスク信仰」から脱却できないのは困ったものだ。

池田 信夫
アゴラ研究所所長 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)

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