保育園開園断念問題「保育園落ちた…」は何だったのか

高橋 亮平

昨日書いた『「声うるさい」で保育園開園断念。ドイツでは騒音除外』の後半になる。

 

東京都でも環境確保条例が見直された

東京都でも、「子どもの声」に関して、都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(平成12年東京都条例第215号。以下「環境確保条例」)が2014年に変更された。
条例第百三十六条に「別表第十三に掲げる規制基準」を加え、その別表第十三「日常生活等に適用する規制基準(第百三十六条関係)」を以下のようにした。
「保育所その他の規則で定める場所において、子供(六歳に達する日以後の最初の三月三十一日までの間にある者をいう)及び子供と共にいる保育者並びにそれらの者と共に遊び、保育等の活動に参加する者が発する次に掲げる音については、この規制基準は、適用しない。(一) 声 (二) 足音、拍手の音その他の動作に伴う音 (三) 玩具、遊具、スポーツ用具その他これらに類するものの使用に伴う音 (四) 音響機器等の使用に伴う音」
また、騒音規制の特例として、規則第七十二条の二にその特例場所を、認定こども園も含めた保育所、幼稚園、児童厚生施設、公園のほか、知事が認める場所と位置付けた。
検討の過程では、子どもの声を巡る問題として、「苦情を受けて、保育所等では園庭活動を縮小する等の対策をとっている事例もある。また、子供の声等に対する苦情が保育所等を新たに設置する際の妨げとなっているという意見もある。また、子供の声を巡る訴訟では、騒音規制法(昭和43年法律第98号)や各自治体の条例に規定する規制基準を基に、不法行為責任が争われている事例もある」とした上で、子どもの健やかな成長・育成への配慮の必要性として、「規制基準を遵守するように子供の声を抑制することは、心身の発達段階にある子供にとってストレスになり、発育上も望ましくないという意見がある」としている。
こうした背景を持っているのは、決して東京都だけではない。むしろ東京都だけで環境が整備されることになれば、川を挟んだ市川市では、さらに子育て環境の格差が生じてしまう。
市川市は、これまでも、川を挟んだ江戸川区での子育て支援に対し、財政状況の差を理由に挙げてきた。しかし、こうした条例による環境整備には、財政状況は影響しない。むしろ現場を持つ基礎自治体ごとに工夫があっていいのではないかと思う。
基礎自治体には何ができるのか、都道府県のような広域行政で何を行うべきなのかを考えていく必要がある。

「保育園落ちた日本死ね」とは何だったのか

今回の市川市における社会福祉法人の判断はもっともであり、こんな状況で無理やり開設したところで、住民とトラブルになってしまっては、お互いにとって不幸になる可能性もある。第一、子どもたちが可哀想である。
ただ、ニュースを見てまず感じたのは、「保育園落ちた日本死ね」とは何だったのかということだ。
そもそも匿名で書かれたブログを国会での質問材料にすることや、子どもに「死ね」なんて言葉を使うなと言っている立場からすると、こうした言葉を使うことにも違和感があった。
こうなってくると、「保育園落ちた日本死ね」と言った人も、「子どもの声がうるさい」と言っている人たちも、結局のところ自分のことしか考えてないんじゃないのかとすら感じてしまう。
もちろん、待機児童解消の重要性は認識している。2010年に出した著書『世代間格差ってなんだ 若者はなぜ損をするのか?』(PHP新書)では、以下のように書いた。

〈 女性の労働環境の整備とともに、仕事と出産・育児の両立が可能となるような柔軟な働き方を実現するための支援政策が必要だということだ。こうしたことからも保育ニーズに対する対応はいっそう進めていく必要がある。
近年の都市部では、少子化に歯止めがかからない一方で、保育ニーズは年々増えている。もちろん女性の社会進出や経済状況により共働きせざるを得ない状況になっていることも考慮しなければならないが、これまで保育ニーズに表れていなかった新たな層まで保育ニーズが拡大していると考えるべきである。
保育園は、保育に欠ける子どもに対する育児の補完的な役割とされてきたが、核家族化やコミュニティの崩壊など、子育ての負担が両親、とくに母親に偏ってしまう傾向にある。こうした構造は過度に子育てを負担に感じてしまう状況を生み出しており、専業主婦でいるより社会に出たい、専業主婦であっても一時的に子どもを預けられる状況が欲しいという保育ニーズを反映している。
実際現在でも二・五万人の待機児童がいるといわれており、こうした保育ニーズは今後もさらに加速していくことが予想され、まさに子育てを社会全体で支えていくことが求められる。待機児童解消のため、まずは保育サービスへの企業の参入規制を抜本的に緩和するとともに、幼稚園と保育園の幼保一元化などを行うべきである。
また、フランスで合計特殊出生率が回復した少子化対策の一つとして、自宅で保育経験者などが保育する保育ママ制度が頻繁に紹介されるが、仕事との両立支援としての保育の時間延長や、病児病後児保育の整備をしていくとともに、働き方の多様化や保育ニーズの多様化に合わせて、延長保育や一時保育、保育ママ制度など保育園だけでない保育ニーズに細かく応じた対策が求められる。その意味でも、当事者の声を直接反映した仕組みづくりが必要である。 〉

6年前に書いたわりには、まだまだ新しいこと、今になってようやく皆さんの共感を呼ぶこともあるのではないかと思う。
当時は「奇抜過ぎる」と指摘された我々の「ワカモノ・マニフェスト」も、いまや多くの政党の政策に反映されるようになった。参院選に向けて、みなさんにももう一度手に取ってもらえればと思う。

なぜ市川市議会議員は黙っているのか?

最後に一つ気になるのは、今回の「(仮称)ししの子保育園市川」の開園断念について、市川市議会議員がネット上でほとんど発言してないことだ。
英語に「NIMBY(ニンビー)」という言葉がある。NIMBYとは、「Not In My Back Yard(自分の裏庭や近所以外なら)」の略語で、「施設の必要性は認めるが、自らの居住地域には建てないでくれ」と主張する住民たちや、その態度を指す言葉だ。
私は自治体などに呼ばれて、職員や幹部の研修で、「PI(Public Involvement = 住民参画・市民参画)」について話をすることがある。近年、こうしたPIの重要性が言われ、様々なプロセスでの住民参加の必要性が求められるようになってきた。パブリックコメントなどが取られるようになったのもこの流れからだ
だが、一方で、住民の意見を聞こうとアンケート調査などを行うと、非常に表層的な声ばかりが集まることがある。何の情報共有もなく、意見を求められると、どうしても利己的な要求になりがちだからだ。
2013年に、内閣府特定地域再生事業の補助金を取って、埼玉県内の自治体で、無作為抽出した市民による「未来政策会議」のプロジェクトを、自治体コンサルとして提案、実施したことがある。
学校の跡地利用や公共施設再編について議論したのだが、公共施設再編について市民に意見を求めると、まさに「NIMBY」になる。「公共施設再編の必要性は理解できるが、うちの前の公民館は潰すな」といった具合だ。
ところが、市の財政状況を共有し、公共施設のファシリティ・マネージメントを共に考え始めると状況は一変する。市役所職員と市民が一緒になって市の全体利益を考えるようになる。
今回の問題も、報道で誇張されるような「子どもの声がうるさい」という表層的な理由だけでなく、「保育園が面する道路は狭いので危険だ」といった地理的な要因をはじめ様々な要素が交わっているのだろう。
PPP(Public Private Partnership)や新しい公共の視点から、これまで行政や政治家に依存していた部分を、市民が共に担っていく仕組みを整備していく必要はもちろんだが、同時にこうした市民ニーズが交錯する問題の中で、市全体の利益を考え、将来を見据えたビジョンと責任を持って決断し、方向性を定めることも、政治家の大きな役目でないかと思う。
統一地方選挙の際に『統一地方選挙の候補者選定に、「政治とカネ」「議会の議員構成」「自治体の共通課題」を考えてみてはどうか』でも触れたが、市川市議会は、政務活動費で切手を大量購入し現金化したとの疑惑が未だに解決できていないほか、この問題で2つの百条委員会ができてしまったことなど、最も質の低い議会ではないかと思われるような状況を全国に発信してしまった経緯もある。
こうした一つひとつの問題に対して、身近な人の声だけでなく、住民の声なき声にまで耳を傾けながら、市川市の未来のためのビジョンを描き、決断し、責任を持って行動してもらえるよう期待したい。

 

高橋亮平

高橋亮平(たかはし・りょうへい)

中央大学特任准教授、NPO法人Rights代表理事、一般社団法人生徒会活動支援協会理事長、千葉市こども若者参画・生徒会活性化アドバイザーなども務める。1976年生まれ。明治大学理工学部卒。26歳で市川市議、34歳で全国最年少自治体部長職として松戸市政策担当官・審議監を務めたほか、全国若手市議会議員の会会長、東京財団研究員等を経て現職。世代間格差問題の是正と持続可能な社会システムへの転換を求め「ワカモノ・マニフェスト」を発表、田原総一朗氏を会長に政策監視NPOであるNPO法人「万年野党」を創設、事務局長を担い「国会議員三ツ星評価」などを発行。AERA「日本を立て直す100人」、米国務省から次世代のリーダーとしてIVプログラムなどに選ばれる。テレビ朝日「朝まで生テレビ!」、BSフジ「プライムニュース」等、メディアにも出演。著書に『世代間格差ってなんだ』、『20歳からの社会科』、『18歳が政治を変える!』他。株式会社政策工房客員研究員、明治大学世代間政策研究所客員研究員も務める。

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