日本会議黒幕説と憲法の行方―上

梶井 彩子

日本会議

■日本会議ブーム!?

日本会議がにわかに注目を集めている。

発端は昨年2月にさかのぼる。扶桑社が運営するニュース言論サイト「ハーバービジネスオンライン」で始まった菅野完氏の連載「草の根保守の蠢動」が好評を博した。

これを受けてか、朝日新聞も今年3月、3回にわたって〈日本会議研究・憲法編〉を掲載。安倍政権と蜜月関係にあり、現政権や自民党内に日本会議の名簿に名を連ねる領袖が多数存在することを指摘。組織的な草の根活動を着々と進めて改憲を目指しており、その精神的中核を成すのが宗教団体「生長の家」の教えやその出身者であるとした。

そして今年4月末、菅野氏のネット連載をまとめた書籍が扶桑社新書より発売。販売を後押ししたのは次のニュースだった。

〈憲法改正を掲げる団体「日本会議」の歴史や活動方法などを取り上げた新書「日本会議の研究」を発行した扶桑社(東京都港区)に対し、日本会議が、出版停止を求める申入書を送った。日本会議の広報担当者は「内容に事実誤認があるが、詳しい話は現段階ではできない」と説明〉(朝日新聞デジタル、2016年5月11日)

日本会議側が当該書のどの点に問題を感じたのかは明らかになっていないが、この報道が出ると注目度は一気に上がり、アマゾンや一部書店では品切れ重版待ちとなった。

この動きと前後して、メディアは積極的に日本会議を取り上げた。

5月2日には、翌日の憲法記念日を前にNHK「クローズアップ現代」が「密着ルポ わたしたちと憲法」と題する番組の中で「改憲派1万人集会を主催した組織」として日本会議を取り上げた。

5月10日発売の朝日新聞の雑誌『Journalism』5月号も〈存在感を増す「日本会議」、組織、人脈、行動…右派運動ってなんだろう?〉と題する特集を組んだ。

書き手は前述の菅野氏のほか、フリージャーナリストの魚住昭氏、モンタナ州立大学准教授・山口智美氏と富山大学非常勤講師・斉藤正美の対談、「子どもと教科書全国ネット21事務局長・俵義文氏、神奈川新聞記者・田崎基氏らが名を連ねる。

その評価たるや次のようなものだ。

〈宗政一体の運動で「改憲」に王手寸前〉(菅野氏記事タイトル)

〈日本会議は日本最大の右翼組織であり、安倍政権の民間における強力な支持母体〉(俵氏)

まさに「安倍政権・日本会議黒幕説」の様相だが、発売五日目にして、こちらもアマゾンで在庫切れ。発行部数はそれほど多くはないだろうが、注目の高さがうかがえる。

さらに今後も日本会議を取り上げた出版物の予定が続いている。

今、日本会議が「熱い」。こんなに注目を集めたのは設立以来、初めてではないだろうか。

■「中の声」とのギャップ

「ウチの会員を見ていると、本気で改憲しようという意気が伝わってこない。いつまでも『改憲しろーっ』と言っていればそれで満足というか、改憲よりも運動そのものが目的化しているのではないかと思うくらいで、勢いも覇気もない」

日本会議のある地方支部で幹部クラスを務めた人物はため息交じりにこう述べる。確かに講演会や集会に人は集まってくる。口々に「改憲が必要だ」とは言うのだが、大きなうねりになってこない。それどころか選挙の争点にもならない。生きている間に憲法を改正しなければならないのに、いったいいつまで「運動」を続けるんだ――そんなもどかしさを感じているという。

日本会議の会員もこう嘆く。

「なんだか日本会議の人たちは、運動家というより職員という感じで、まじめ。だからなのか、世の中への訴え方に工夫がない。その点、左翼は仕掛けがうまい。若者や女性を取り込んで、『ピース』だとか『ママの戦い』なんて言って、間口を広げている。……まぁ改憲派や保守派は力を入れるとどうしても『こぶし振り上げ系』になるから、工夫するのも善し悪しだが。会社で、日本会議の会報誌(月刊『日本の息吹』)を若い社員に渡しても、みんなちらっと見るだけで、読みもせずにゴミ箱行きだよ」

「最近は〝日本会議黒幕説〟というのがあるらしいですよ」と言うと、一笑に付された。

「黒幕になれるならなりたいよ(笑)。でもそんな力はない。憲法改正は発議すらされない。若い人は入会しないし、年寄り会員は死んでいって、会員数の維持だけで四苦八苦している。どうしてそういう話になるのかな」

各種報道によると日本会議の会員数は3万5千~3万8千人。全国47都道府県すべてに支部を設立したとはいえ、全会員が集まったとしても、東京ドームを満員にすることはできない。国会前を10万人規模で包囲した護憲・反安保法制勢力には遠く及ばない。

政権の黒幕を担うのに人数は関係ないのかもしれないが、これが日本会議の偽らざる現状だ。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」

「枯れ尾花」とは会員の方や幹部には失礼だが、現在の日本会議報道を見ているとこの言葉が浮かんでくる。

■右派の意見は少数でも危険視

にもかかわらず、護憲派やウォッチャーたちは「日本会議が安倍政権の中核を成している」とまで述べる。結果的に日本会議の考えと意見が合うから名を連ねている、という議員は当然いるだろう。改憲ひとつとっても、本来自民党の綱領で謳われているのである。しかも日本会議系議員で民主党政権時代に閣僚や要職についていた人も少なくない。

しかし日本会議、そしてその精神的支柱であるとされる「生長の家」の教えを受けて実践に邁進している、と明確に指摘できそうな生粋の議員は結局のところ衛藤晟一議員ただ一人である。

これを以て「日本会議や生長の家の思想は安倍政権の中枢に影響を色濃く及ぼしている」とするのは、日韓議員連盟に所属する議員の数や、帰化して国会議員になった人物が大臣になったことを以て「外国人勢力に日本政府が乗っ取られている」とする論説とほとんど変わらないように思えるのだが。

日本会議黒幕説はなぜ広がるのか。護憲派をはじめとする安倍批判派からすると、「なぜ安倍の支持率が落ちないのか」が理解できない。自分たちがいくら警鐘を鳴らしても、国民の多くは危機感を持たない。笛を吹いても踊らない。

一方、目立ち始めたネット右翼から穏健保守まで、彼らの精神的支柱となっているもの、組織立てているものは何かと考えて、「いま」思い当たったのが日本会議や生長の家の教えなのだろう。そしてまことしやかにその危険性が語られていく。

だが日本会議の会員はたったの3万8千人だ。『Journalism』で神奈川新聞の田崎記者は「少数だからと黙殺していると先鋭化しかねない」という。少数でも危険、増えても危険。議員がこれだけ名を連ねているのだから、監視を続けるのは結構だ。だが記者として、その視線を一度でも公安監視対象となったSEALDsに向けたことはあるか。ことさら危険視するのは彼らにとって日本会議の考え方が「異論」だからだろう。右派であるなら「少数意見を圧殺」してもいいと考えているかのようだ。

左派は自分たちの影響力が衰えるまで、右派活動を行う組織に目もくれなかっただけなのだ。一九九七年に設立した組織を「知られざる実態」「知られざる巨大組織」と呼ぶのが皮肉にもそれをよく表している。

保守派、改憲派と見做される人たちには確かに中核がない。憲法九条のような〝経典〟もない。多くの穏健な保守派、改憲派に共通するもの。それは強いて言えばかつては「反共」であり、現在は「反マスコミ」「反護憲」「反朝日新聞的戦後民主主義」である。彼らが保守派(右派)の中核を探したいのなら、鏡を見ればいい。(に続く)

 

梶井彩子
ライターとして雑誌などに寄稿。
@ayako_kajii