国営放送が大統領選で情報操作

長谷川 良

ここまでやるのか……。これが当方の最初の呟きだった。オーストリア国営放送(ORF)が19日夜のプレミアタイムに100分余りの大統領候補者2人の討論番組を放映したが、その中で司会者(Ingrid Thurnher 女史)が極右政党「自由党」候補者の信頼性にダメージを与える狙いから間違った情報に基づき、「あなたの話は作り話」と批判した。しかし、その直後、国営放送が政治的意図から情報操作していたことが明らかになると、国民に大きな衝撃が起きている。国営放送のスキャンダル事件を報告する。

HOFER VDB TURNHER
▲投票前の最後のテレビ討論(2016年5月19日、オーストリア国営放送のHPから、バン・デ・ベレン氏(左)、テユルンヘア女史(中央)、ホーファー氏(右)

オーストリアで22日、極右政党「自由党」のホーファー氏(45)と「緑の党」前党首バン・デ・ベレン氏(72)の間で大統領決選投票が行われる。

番組は司会者の質問に2人の候補者が答える形式で進められた。投票日を3日後に控え、最後のテレビ討論となることから、候補者は緊張感すら漂わせていた。

問題は、司会者がホーファー氏の2014年7月30日のイスラエル訪問の話に言及した時に生じた。今年の4月インタビュー時に、ホーファー氏はオーストリアのメディア関係者にエルサレム寺院を訪ねた時に目撃した事件を語った。それによると、ホーファー氏の傍にいた1人のイスラエル女性が武器を持ってエルサレム寺院に入ろうとしたところ、警備員に警告され撃たれたという臨場感溢れる話だ。

番組は突然、国営放送のイスラエル特派員がエルサレム市警察報道官にインタビューするシーンを放映した。同報道官は特派員の質問に答え、「エルサレム寺院でその日、そのような銃撃事件は生じていない」と述べ、ホーファー氏の話の信頼性を完全に否定した。司会者は勝ち誇ったように、ホーファー氏のエルサレム訪問時の銃撃事件は作り話だったということを示唆したのだ。

ホーファー氏は唖然とし、「自分の話は事実だ。あなたは意図的に私の信頼性を傷つけようとしている。私は当時の写真をもっている。あなたのやり方はORFの客観報道がいかなるものか端的に物語っている」と反撃した。司会者は直ぐにテーマを変えて別の質問に移った。

上記の場面を見ていた国民は、「ホーファー氏は嘘を言っていたのか」と衝撃を受けたかもしれない。大統領選で誰に入れるかまだ決めていない有権者ならホーファー氏に投票しなくなるかもしれない。それだけインパクトのある瞬間だった。

ところが、番組終了後、イスラエルの「エルサレム・ポスト」が「(ホーファー氏がエルサレムを訪問した日)、エルサレムで1人の女性が警備員に撃たれた事件があった」と報じ、ホーファー氏の話を裏付けたのだ。

同メディアによると、一人のイスラエル女性が警備関係者の“止まれ”を無視してエルサレム寺院に入ろうとしたため、警備員が発砲した。「女性は負傷したが、武器は持っていなかった」と報じている。ホーファー氏の話は武器所持以外はほぼ事実だったわけだ。

ORFは討論番組後の夜10時のニュース番組の中で、「ホーファー氏のイスラエル訪問時に不祥事があった」という報道内容を紹介しただけで、なぜ情報を確認せずに誤報を垂れ流したかについては何も言及しなかった。

ORF側はイスラエル特派員をエルサレム警察当局者にインタビューさせて、ホーファー氏のエルサレム訪問時の話が嘘だったことを報じたかったわけだ。狙いは明らかだ。ホーファー氏の信頼を失墜させ、大統領選をバン・デ・ベレン氏有利にしようとしたわけだ。イスラエル側の報道がなければ、ORFの意図は大成功だっただろう。

当方は外国人の一人として外国人排斥を標榜する自由党を全面的には支持できないが、国営放送が情報操作して、国民を反ホーファーに誘導する報道のやり方には同意できない。それはメディアの自殺行為だからだ。

現地の新聞各紙は20日、前夜の討論番組の内容を大きく報道したが、OFRの誤報にも言及し、「昨夜の討論は二人の大統領候補者の戦いではなく、司会者対ホーファー氏の戦いだった」(代表紙プレッセ)と皮肉を混ぜながら報じている。

前日のコラム「ヒトラーは本当に再現するか」でも書いたが、投票日が近づくにつれ、与党第一党「社会民主党」を中心に“ホーファー落とし”が組織的に行われている。19日の国営放送のミスリードはその頂点を飾るものだった。

ちなみに、ORFは昔から社会民主党関係者の縁故主義の巣窟で、左翼ジャーナリストが情報番組の主導権を握ってきた。今回の大統領選討論番組の制作はそのことを改めて思い出させた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年5月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。