社長はなぜ週7日働けるのか?

岡本 裕明

ビジネス雑誌を読んでいると時々見かけるモーレツ社長の紹介記事。週7日働く、正月も働く、終電まで働く…など様々です。労働基準監督署は企業の残業実態に目を光らし、人事部はいかに残業を減らそうかと努力しているのですが、案外社長さんが一番働いているケースもあります。いったいどうなっているのでしょうか?

私もしがない零細企業の社長ですが、週何日働くかといえば、土日も部分的には仕事をしていることが多く、「今日は完全安息日」という一日解放される日はまずありません。更に時差の関係で日本とカナダをまたぎますから日本にいれば朝の5時、6時から、バンクーバーにいれば夕方からもうひと頑張り、ということも往々に起こりえます。

それでも大丈夫なのは仕事の内容がどんどん切り替わることで気分転換できるからでしょうか?一つの作業や事象に集中するのはせいぜい1時間か長くても2時間。その細切れの業務が延々と続くわけです。その中にはデスクワークもあれば現場での作業もあるし、外に出ていくこともあるでしょう。営業の仕事もあれば、経理の仕事、更に経理の数字をベースにした経営分析もするし、法務の関係もあります。(簡単な契約書など法務文書は英語も日本語も自分で全部作ります。)

人間が一コマで集中できる時間は1-2時間が限度とされます。大学の授業が90分、映画やスポーツ、観劇は2時間が目途でしょう。仕事でも遊びでもこれ以上長くなるとダレてしまうのです。ホテルの仕事をしていますからコンベンションなどの細かいスケジュールを把握していますが、終日会議のお客様の場合、午前10時のブレイク、午後3時のブレイクが組み込まれていることが多いのですが、これも2時間という括りがあるからなのでしょう。

では1日なら何時間仕事が出来るか、ですが、私はこの2時間のコマが4つから5つが限界だと思います。つまり、8-10時間です。なぜなら多くの一般従業員の場合、自分の仕事は一つの狭いエリアの業務に限定されています。総務でも経理でも研究部門でも現場でも自分の特定責任範囲の業務だけを延々と続けるわけです。かつてはこなしていた私でも今はもう出来ないと思います。

言い換えれば仕事の中身を切り替えることが出来るポジションの人は長く働けるのですが、それ以外の人は極力残業は減らす方針にした方が作業効率は確実に上がります。少し前の日経の記事に興味深いくだりがあります。「米スタンフォード大学経済学部のジョン・ペンカベル教授は2014年、『週50時間以上働くと労働生産性が下がり、63時間以上働くとむしろ仕事の成果が減る』という調査をまとめた。70時間、100時間働こうと、その成果は63時間の労働より少なくなるというわけだ。」

週50時間労働を超えると1単位の仕事をするのに投じる労働時間が1時間から1時間半、2時間とだんだん効率が下がる、ということを言っています。週50時間労働とは1日10時間ですから私が主張する一コマ2時間一日最大5コマと一致するわけです。

では、皆さん、そんなに仕事をしているのでしょうか?先日、日経ウーマンをちらちらみていたところ「私の一日の仕事がA社に電話5分、B社の件で課長に確認20分、会議資料作成2時間、請求書10通作成30分、交通費精算30分」となっています。これ、全部足しても3時間25分にしかならないのです。つまり一般的には午前中だけの仕事量を一日分に引き延ばしているということなのでしょうか?

日本の労働生産性はOECDの中では2013年の調査で34カ国中22位。主要先進国では94年以来最低ランクが続きます。なぜ改善しないのか、ですが、日本の集団合議制の体質は大きいと思います。一つのことを決めるのに会議、そこには本当に会議に出席しなくてはいけないのかと思われる人もいます。例えば10人が1時間の会議をすると延10時間で一人が一日仕事をするのと同じ労働量になります。会議でそれだけの成果があればいいですが、私の知る限りそんなにコトはうまく運んでいないはずです。

もう一つは稟議制度。これも効率が悪い制度の一つとされます。今は電子化されスピードアップしていますが、結局、一介の社員にはモノを決める権限はないということです。欧米でMBAの社員が重宝されるのはモノを決める判断能力を備える基礎を持っているからでしょう。欧米に稟議はありません。担当が担当の責任で決め、うまく行けば昇進、ダメならクビです。

社長はなぜ、長時間働けるのか、といえば多くの大企業の社長は実務をしないことも理由の一つです。会議や打ち合わせが主体。つまり、人と過ごす時間が圧倒的に多く、社長室に籠ってパソコンで書類をつくったり、ボールペンを握って何か書く作業をする社長さんはあまりお見かけしません。永守重信日本電産社長は週末、社員からのメールをチェックし、それに返信をしているそうです。しかし、それも人と過ごす時間がパソコンを通じて行われている意で真の意味の作業ではないでしょう。

とすれば、私も含めた社長の長時間労働そのものが果たして高い労働生産性を維持しているのか、とも言えます。少なくとも日本の中小企業は社長から新入社員まで一気通貫の風通しの良さ、一方欧米の社長は社員には無縁。そういう意味では日本の社長は社内潤滑剤として長時間働くことにこそ存在価値があるということかもしれません。

こんなこと書くと「社長にだけはなりたくない」と思う若者も多くなるかもしれませんが。

では今日はこのぐらいで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 5月22日付より