医療を求めることが死の宣告となってはならない --- 加藤 寛幸

2016年05月23日 12:10

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加藤寛幸(国境なき医師団日本 会長)

2015年11月、私は国境なき医師団(MSF)がアフガニスタンで採用する小児科医用のトレーニング教材を起草するために、現地の活動に参加した。

アフガニスタンは、妊産婦死亡率と乳児死亡率において、常に世界のワースト上位に名前を連ねる国だ。首都カブール市内の2つの活動は現地の病院を支援する形で行われ、産科と小児科に力を入れていた。また、パキスタンとの国境付近に位置するホーストでは、MSFが単独で施設を立ち上げ、産科と新生児の診療に当たっていた。ホーストでは1日に60人もの赤ちゃんが生まれている。長年の紛争により多くの医療施設が破壊されたこの地域において、MSFが運営するこの施設はお母さんと赤ちゃんの命を守る最後の砦と言っても言い過ぎではないだろう。穏やかな寝顔を見せる赤ちゃんたちの顔を見ながら、この子たちを守ることこそがアフガニスタンの未来につながると感じた。

ホーストでは、ある夜、午前1時過ぎに爆発音と銃撃の音で目を覚ました。宿舎近くで戦闘が起こったようで、4回の爆発音と数分間の銃撃音が闇の中に鳴り響いた。それぞれの部屋から起き出して来たスタッフの表情には不安が見て取れたが、幸い戦闘は長くは続かなかった。

しかし、アフガニスタンではMSFの医療施設が戦闘の巻き添えではなく、まさに爆撃の対象となり、全面撤退を余儀なくされた場所がある。2015年10月3日、北部クンドゥーズ州でMSFの病院が爆撃を受け、42人もの患者・スタッフが犠牲となったのだ。この攻撃に関して、MSFは第三者機関による独立した調査を求めてきたが、いまだ実現には至っていない。医療施設の安全、医療・人道援助従事者と患者、付添人の安全が確保されなければ、MSFはアフガニスタンでの活動の全面撤退も避けられない。そうなれば、数多くの母親や赤ちゃんたちがまた行き場所を失うことになる。

医療施設への攻撃は許されることではない。さらに、我々が活動している国・地域はどこも基礎医療さえ極めて不十分な土地である。医療施設の攻撃・破壊が意味するものは何か――。我々の証言をお読みいただき、共に考えていただければ幸甚である。 

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「病院が攻撃される」という現実

国連の安全保障理事会は5月3日、内戦が続くシリアやイエメン、アフガニスタンなどで頻発する病院や医療関係者への武力攻撃を強く非難し、医療人道援助活動の安全を確保するよう全ての紛争当事者に強く要求する決議案を全会一致で採択した。決議案は、日本を含む5ヵ国の非常任理事国によって作成された。

ちょうど7ヵ月前の2015年10月3日、アフガニスタンのクンドゥーズ州では、国境なき医師団(MSF)が運営する病院が米軍による空爆を受け、患者・スタッフ42人が命を落とすという事件が起きた。先月4月27日には、シリアのアレッポ市でアルクッズ病院が空爆に遭い、少なくとも50人の老若男女が犠牲となり、町に残っていた最後の小児科医の命も奪われた。殺人的な空爆と言わざるをえない。

アレッポではこの前後10日間で約300回の空爆があり、民間人が、それも多くの場合、集団でいるところを繰り返し狙われている。患者が、医師が、まさに標的となりつつあるのだ。女性、子ども、病人、負傷者、そしてその介護者が、いつ執行されてもおかしくない死の宣告の中で生きている。だが、病床は決して「死の床」になってはならない。

昨年来続く医療施設への攻撃は、MSFの施設に限ってもその数は10回を超えている。アフガニスタン、中央アフリカ共和国、南スーダン、スーダン、シリア、ウクライナ、そしてイエメンで、病院が日常的に爆撃され、踏みにじられ、略奪され、焼き落とされている。

医療施設への攻撃がもたらすものは

医療施設に対する攻撃で影響を受けるのは、直接の死傷者にとどまらない。紛争下で最低限の医療で命をつないでいた地域の人びとは、攻撃による医療活動の停止で、そのわずかな機会さえ完全に断たれてしまう。予防接種の欠如による感染症、貧血、肺炎、糖尿病、心疾患などで、多くの命が失われているのだ。

2015年10月26日、サウジアラビア主導連合軍の空爆によってイエメン北部ハイダンのMSF病院が攻撃を受け、地域の少なくとも20万人が医療を受けられなくなった。イエメンでは3ヵ月のうちに、同病院を含む3軒のMSF施設が爆撃により全半壊している。

日本を出発していく海外派遣スタッフの、医師が、看護師が、助産師が、「紛争がなければ救えるはずの命だった、人びとの最低限の医療が奪われることはなかった」と、怒りと無念の思いを抱えて帰国している。実際に攻撃にも遭遇したスタッフもいて、昨年後半には、イエメンに向かっていた日本人外科医と同僚が乗ったボートが攻撃に遭い、退避を余儀なくされた。

国際社会のこれからの歩みが問われている

冒頭で触れた国連安保理決議が、机上の空論に終わってはならない。安保理は、国際人道法の原則を確実に尊重するという責務を遵守すべきだ。国際社会で合意されたルールは、戦渦の中にあっても、国家あるいは非国家主体に反故にされるようなことがあってはならない。今こそ、安保理決議がこの殺りくをただちに停止させるものとなり、さらに国際社会が一丸となって、全紛争当事者に対し、紛争地の医療施設、患者、医療・人道援助従事者に対する攻撃を即時停止するよう働きかける必要がある。

私たちは患者を見捨てない。

MSFの中立・不偏の原則は、我々の医療施設がいかなる攻撃からも保護され、紛争のただ中にあっても傷病者が必要な治療を受けられる安全な場所であり続けるために欠かせないものだ。医療施設が安全で、人びとが安心して医療施設を訪れ診療を受けられるよう、医療従事者が命を救う診療を続けられるよう、我々はこの緊急事態に光をあてるべく日本の皆さまにご協力をお願いしていきたい。

医療施設への攻撃が常態化することがあってはならない。安保理決議はそのための一歩であり、これからの歩みが問われている。一人ひとりが、今も続く市民への容赦ない攻撃がもたらすものについて考え、この問題に沈黙することなく、許されざる状況を変えていかねばならない。

加藤寛幸(国境なき医師団日本 会長)
ジェレミィ・ボダン(国境なき医師団日本 事務局長)


寄稿者プロフィール;

加藤 寛幸(かとう・ひろゆき)国境なき医師団(MSF)日本会長 小児科医

島根医科大学(1992年)卒業、タイ・マヒドン大学熱帯医学校において熱帯医学ディプロマ取得 (2001年)。東京女子医大病院小児科、国立小児病院・手術集中治療部、Children’s Hospital at Westmead(Sydney Children’s Hospital Network)・救急部、長野県立こども病院・救急集中治療科、静岡県立こども病院・小児集中治療科および小児救急センターに勤務。2003年よりMSFの医療援助活動に参加し、主に医療崩壊地域の小児医療を担当。2015 年3月より現職。


編集部より;この記事は、国境なき医師団(MSF)がアフガニスタンへの医療支援に関する声明文を出すのに合わせ、加藤会長から特別に寄稿いただきました。MSF日本事務局、加藤会長に心より御礼申し上げます。MSF日本事務局の公式サイトはこちらです。

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