東京五輪に向けて「邪気払い」をしよう

上山 信一

リオは世界に感動をもたらし、誰もがスポーツの力を痛感した。いよいよ次は東京。明るく盛り上げていきたい思う。

ところが開催主体の都庁に「オリンピックパラリンピック調査チーム」ができ、しかも私がそれに関わることになった・・・悪夢である。そもそも、そんなチームが必要な状態だなんて信じたくない。日本はいったいどうなっているのだ?

だが巷には五輪関連の後ろ向きの話が氾濫する(真偽はさておき)。

確かにこれまで国立競技場問題だのエンブレムだの聖火台問題だので、組織委員会と国の能力に疑問符がついた。さらにホストシティの都庁でも歴代知事が政治と金の問題で続けて辞め、嘘か誠か一部議員の利権問題や議会と役所の癒着すら話題にのぼる。

いやな感じである。東京は邪気が漂う町。まるで10年前の大阪と同じだ。最近の大阪は関西空港の借金問題も消え、外人客がわんさか訪問し、WTC、ゲートタワーの2大債務問題の処理も終わり、異様に明るい。まさに維新の雰囲気である。そんな明るい大阪で次回の住民投票(府市統合)と万博(2025)の準備をしていた私が、邪気の漂う街の真ん中に引き戻された・・。

だが都庁も都民からの信頼回復、情報公開を強く求められている。本部ができた9月1日から特別顧問として作業を始めた(「まずは都庁に邪気払いが必要じゃないか、神主も来てほしい」と愚痴をいいつつ)。

調査チームでさっそくオリパラ準備局へのインタビューを始めた。準備局の職員たちは、日夜忙しい。そんな中、エクストラの資料要求やインタビューに快く時間を割いてくれた。激しく感謝である。現状はだいぶみえてきた。

組織委員会の中堅スタッフとの打ち合わせも始めた。こちらも超多忙な面々だが、協力的だ。要するに実務担当者たちは極めて有能、懸命に準備をしている。まずは彼らに敬意を表したい。そしてちょっとほっとした。

だが、同時に「今のやり方、今の計画のまま、彼らの頑張りだけで五輪が成功するのか」というとなかなか難しいなぁ、と思った。とにかくお金をかけまくり、2週間をこなす・・だけならOKだろう。しかし、あとには膨大な財政赤字とコンクリートの塊だけが残る?それではバブル期の公共事業の失敗の繰り返しではないか。

おそらく、五輪の準備は全体的な軌道修正が必要だろう。都庁も組織委も国も、もしかしたらIOCも自治体がコストを負担する時代の構造に合わせた仕事のやり方の変革が必要だ。

19世紀は帝国、20世紀は国家、21世紀は都市の時代だ。しかし五輪はまだ19世紀と20世紀のドグマ(あるいはロス五輪の商業モデルの成功の呪縛)にとらわれている可能性がある。

今回の調査の目的は、前向きな軌道修正、それも2週間を超えた広い意味での大会の成功を目指した修正である。

ところが多くのマスコミ関係者は、邪気をまき散らす。二言目には「利権はありますか」「不正の兆候は」とばかり問いかける。邪気を全国にまき散らす傾向がある。

視聴率が気になるのはわかる。だが、ちょっと視点が低すぎないか。マスコミも社会の一員、中にはスポンサー企業もいる。もっと五輪を成功させるための調査報道や代案探しに挑戦して欲しい。たとえば、本来、記者が聞くべき質問は違うだろう、本当は次のようなもののはずだ。

(調査チームに対する記者の正しい問いかけ)

1.五輪準備が今のままでよくないとしたら、都庁、組織委員会、国の動き方のどこを変えればいいのですか?
2.施設計画は変更ですか?立地変更、会場を都外に移すことがはありえますか?
3.コスト削減の方法として種目を減らす、あるいは恒久施設を仮設にするといった大きな変更はあり得ますか?あるいは間にあいますか。
4.(具体的にxx億円の)恒久施設を作って、その結果、そのスポーツで将来、メダルがたくさん取れるとか世界大会が誘致できるとか、子供たちがその種目に親しむといった機会になるのですか?

要するに、「邪気抜き(サビ抜きじゃない)」でお願いしたい。「利権ありますか」とか、ソバ屋で冷やし中華ありますか、みたいな質問はやめよう、関係者へのリスペクトがなさすぎるぞ、といいたい(笑)。

東京五輪は、これから始まる。組織委のスタッフ、政府関係者、アスリート、都庁職員、代理店・スポンサー社員たちは、必死で成功に向けて努力をしている。

過去に失敗があったのは事実だろうし、今も不都合、不思議なことが多々あるようだ。だが、多くは未経験が故の粗相である。それらは今後に向けて、指摘し、修正し、抑止していけばよい。

その過程で過去の不正だの利権だの癒着だのが出て来たらためらわずに捜査機関の出動を要請しなければならない。だが、五輪の目的は、「世界に感動を与え、日本が2020以降の次の時代に向けて飛躍するジャンプ台とすること」だろう。

今、報道機関に求めたいのは「リスペクト」である。

・準備で汗を流している人たちへのリスペクト
・アスリートへのリスペクト
・森さん、石原さん、猪瀬さん、安倍さん、麻生さんその他、招致で頑張った要人たちやJOCなどスポーツ関係団体へのリスペクト

である。

今一度、リスペクトそして招致に成功した時のあの感動を取り戻し、邪気を取り払って、そのうえで「次、どうしょうか」を一緒に考えてほしいものだ。

また「国に金がない」となれば予算を組む、あるいは「募金運動」となるのが、本来の姿ではないか。いきなり東京都に出せと言われても困るし、都民は怒るだろう。また、都庁も条件を明示してどうしても金が足りない部分に限っては負担すべきだろう。

調査チームは、「今後どうするか」を上記の実務家や都民の皆さんと一緒に考えるためにある。

目的は大会を成功させること、そして財政赤字の山を残さず、すばらしいレガシーを東京都、日本に残すことである。これが都民ファーストの調査である。

そこで重要なのが、情報公開である。それはぜひ報道いただきたい。大会準備過程の情報公開が圧倒的に足りない。だから迷走する。公開すれば逆に迷走しなくなる。いい話も悪い話も情報公開していくことが結局は成功への近道だ。これが知事と我々の信念である。だからマスコミにはぜひ、お手伝いいただきたい。

先般、英国の調査機関がイラク進攻は間違いだったという政府批判の調査レポートを出した。すばらしいと思う。わたしもその種の過去事案の調査の仕事をすることがたまにある。

だが、今回は違う。ゲームはもう始まっている。過去を掘り下げ、未来に向けた教訓をかみしめている暇は(残念だけど)ない。今に活かせる教訓だけを掘り下げる。

調査チームは、大会成功に向けて前向きに行動する実務家たちに寄り添う。巷に漂う邪気を増幅させて、彼らを苦しませるような調査になってはならないと思う。


編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏のブログ、2016年9月4日の記事を転載させていただきました(※アイキャッチ画像は東京都知事 小池百合子の活動レポートFacebookより)。転載を快諾いただいた上山氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。