戦後最大の詐欺:『住友銀行秘史』

池田 信夫
住友銀行秘史
國重 惇史
講談社
★★★★☆


「戦後最大の経済事件」として有名なイトマン事件の番組を私がNHKでつくったとき、そのオープニングに使ったのが「拝啓 土田銀行局長様 私共は伊藤萬の従業員であります」で始まる1990年5月14日付の内部告発だった。ここには「伊藤萬が6000億円の不良債権を抱えている」という驚くべき数字とその内訳が書かれており、大蔵省も「怪文書ではない」と考えていた。

これは明らかに普通の「従業員」が書いたものではなく、役員クラスの情報だったが、何者かはわからなかった。しかしその後の事態の展開で、この告発は正しいことが証明された。最終的に住友銀行がイトマン(最終的には住金物産)に対して放棄した債権は約3000億円だったので、その半分が闇に消えたことになる。

本書はその「犯人」が四半世紀ぶりに姿を現し、当時のメモをもとに事件を語ったものだ。著者は取締役で住銀を退職した大物OBで、当時「バンカー・オブ・ザ・イヤー」として世界に有名だった磯田一郎の乱脈経営と、彼に迎合して出世しようとする人々を実名で生々しく描く。内容はわれわれが取材した内容とほぼ一致しており、詳細で正確だ。

イトマンに入り込んで食い物にしたのは伊藤寿永光という詐欺師だったが、その背後にいたのは許永中という山口組の企業舎弟だった。そしてその背後にいて全体をあやつっていたのは誰か――というのがテーマだが、答はネタバレになるのでやめておこう。

大蔵省やマスコミを利用した情報戦も描かれているが、その主役は日経の大塚将司記者である。私と一緒に取材したNHKの冷水記者(のちに理事)が登場するのは、内部告発の4ヶ月後だ。事件の発端は、「雅叙園観光」と「目黒雅叙園」を混同させる伊藤の単純なトリックに磯田がだまされたことだった。

しかし著者も明らかにしていないのは、事件のもっともディープな部分である磯田の娘(園子)と伊藤の関係だ。ここに山口組が介在したというのがわれわれの取材だったが、さすがに本書もこれにはふれていない。磯田が1990年10月に突然、辞任したのは著者がその「秘密」を明かした手紙を磯田に出した直後だった。

川崎定徳の佐藤茂が、平和相互事件からずっと善玉として描かれているのも違和感がある。彼は稲川会の企業舎弟ともいわれ、イトマン事件は東西暴力団の「代理戦争」だったという見方もあるが、今となっては真相は闇の中だ。