本年を象徴するような四字熟語を一つだけ選ぶとしたら、それは「大衆迎合」ということではないかと思います。大衆を支持基盤とする政治運動を一般に「ポピュリズム」というわけですが、此の傾向が非常に強まった年であり取り分けトランプ政権誕生に至る例は、その最たるものと言えましょう。
基本的に、こういう動きというのは政治家が通常とるものですから当たり前と言えば当たり前ですが、一面、之は既存のエリート主義あるいは既存の体制・知識層といった類との対決にもなろうかと思います。
民主主義の最大の欠陥として衆愚政治に陥る可能性だとは、昔から指摘されていることです。究極的には独裁主義で独裁者が最善の人間であれば世の中が最も上手く機能するとは思いますが、社会システムとしてそれは不可能ですから次善のシステムとして先進国では民主主義がほぼ定着しています。
ポピュリズムのリスクを危ぶむ向きには、正しい側面も確かにあるでしょう。しかし今日までの世界人類の経験を見るに、大衆迎合主義が結果として間違いであったとは必ずしも言えないような気がしています。例えば「ラテンアメリカではエリート支配から人民を解放する原動力となり、ヨーロッパでは既成政党に改革を促す効果も指摘され」ます。
大衆というのは、未来をどのように持って行くべきかといった方向性を与えることは出来ません。しかし私が考えるに、彼らは問題の原因を感覚的に捉え、その思いから何となくその時代に正しい方向性を与えることは出来るのではないかと思います。一般大衆のくだす一見軽薄だと思える最終判断は、ある面では正しい選択をしているというふうにも感じられなくもないわけです。
今、米大統領選を境に米国の株式市場も「トランプ効果」と言われる位に好調に推移して、NYダウは史上初の2万ドルの大台突破を目前にしています。現時点でトランプ氏によるポピュリズムの帰趨につき言及するのは時期尚早かもしれませんが、少なくとも良き方向への一つのチェンジ、変革の希望を創り出すことになっているのではないかと私は考えています。
そして来る2017年、オランダ下院選(3月)やフランス大統領選(4~5月)、秋のドイツ連邦議会選の中で此のポピュリズムが伝播して行くといった場合、EU(欧州連合)が最終的に解体されて行くことも有り得るのではないかと思っています。
仮に「EUの前身である欧州経済共同体の創設をうたったローマ条約の調印から60年を迎える」来年がその終わりの始まりであるとして、欧州諸国に限って述べれば短期的には政治経済に相当なターモイルが生じることになるでしょう。しかし中長期的にどうかと考えますと、長きに亘る歴史の中で各々が一つの国家として成り立っていたものが元に戻るだけではないかとも言えましょう。
振り返ってみるに、99年の通貨統合によりユーロ経済圏が創造されたわけですが、あのパリバショック(07年)・リーマンショック(08年)を契機に経済統合を成し遂げる困難が露呈して、今日に至るまで小康状態を得たかと思えばまた問題化し深刻化して行く、といったことを幾度となく繰り返してきました。
ユーロという枠組みは、統一為替レートを使い金融政策は一元化されていながらも、メンバー各国間において経済成長率も潜在成長率も大きく異なり、財政状況についても夫々違っているにも拘わらず財政主権はメンバー国に夫々ある、という根本的矛盾を内包しています。
即ち、当該域内国間に大変な経済格差がある中で、各国が主体的に経済政策を運営し各国の選挙民により各国で政治家が選出されている以上、欧州統合通貨が永続的に安定し続けて経済統合をやり遂げて行くのは難しいということでしょう。
尤も、歴史的・文化的・経済的背景が夫々違った国々が経済統合出来るかはキークエッションとして勿論ありますが、そもそも中途半端な通貨統合は本質的欠陥があるが故、そのコンセプトが崩壊に向かうのは自然な流れとも言えるのかもしれません。
何れにせよ、上述してきた此のポピュリズムというテーマについて、私自身今後とも色々な形で各国の歴史あるいは世界の現状等と照らし合わせ、今一度考察を加えたいというふうに考えているところです。
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